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今日は、あの阪神淡路大震災から17年目。 当時、1月16日まで、宝塚の友人宅に遊びに行っていて、 16日の夜、当時住んでいた横浜に帰った。 確か、16日は日曜日、17日は月曜日なので、帰らないといけない状況だった。 17日、珍しく、朝6時前に目が覚め、何気なくテレビを付けると、 神戸で地震のニュース。最初のニュースでは、震度4だった。 「へぇ、結構揺れたんだな」程度の思いで、そのまま出勤。 出勤すると、同僚に、「神戸ですごい地震があったみたい、 阪神高速が倒れて、生田神社が屋根だけになってるよ!」と、 とてもあわてた感じで言われたが、「震度4でそこまでなるわけないやろww」 とそこはさらっとかわした。 その後、得意先回りの帰り、ふと、電器屋のテレビを見ると、 何と、同僚が言った通り、横に倒れた阪神高速と、屋根だけになった生田神社の映像が。。。 え?・・・そのまま10秒は固まっていただろうか。 それから関西方面に電話するも、通じず。 これは焦った。 数日後、地震の前日まで泊っていた友人と連絡が取れた。 彼は何と、地震の当日、出張のため、中国に向かっていたとのこと。 交通がマヒしていて、朝自宅を出て、約8時間かけて関空へ。 飛行機が神戸上空に差し掛かった時に、眼下に何か所も火災の煙が見え、 さすがにぐっときたとのことだった。 もう一日帰るのを延ばしていたら、と思うとぞっとした。 約一ヶ月後、再び宝塚の友人宅を訪れ、被災地を回った。 学生時代、関西にいたので、神戸の街はよく歩いたが、 あまりに変わり果てた姿に、愕然とした。 その中で、たまに通っていた焼き鳥屋さんが、倒壊した店の軒先で、 焼き鳥を売っているのを見たが、正直泣きそうになった。 その4年後、被災地の近くに住むことになったが、当時、河原には、 まだ、ブルーシートのテントに住んでいる人が少なからずいた。 国の補償がもうある程度支給された後においてもである。 当時ですらそうなのだ。今回の東日本大震災での国の対応は、 ダメダメと言われた当時阪神淡路大震災とくらべても、まだひどい。 被災地の人の心情を考えると、民主党の無策には怒りしか覚えない。 こんな政党を支持する人間がまだ存在する、ということに対し、 怒りを超えて、悲しさすら覚える。 一日も早く、民主党政権の打倒を願う。 |
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でも自民党も当てにならない・・・。
2012/1/17(火) 午後 6:17
じゃあ、いっぺん橋下徹にでもまかせてみましょうか。おっと、似たようなフレーズを、2009年の参院選のとき、テレビとかでよく聞いてたような(笑)。
2012/1/17(火) 午後 8:26 [ 上海 ]