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今回の旅行は最初の日に昔の同僚に会い、最後はブログ友の「もりべえさん」にお会いしました。
人と会ってお話をすることは一人旅ではとても楽しいことです。
ボランティア活動をされているもりべえさんと待ち合わせ場所でお会いして、いつもブログで拝見している森の畑と会の方達にお会いしました。
皆さん、楽しそうに畑の作業をしておられました。
広々とした場所で日当たりも良く、畑には向いていますが、水を運んでいるとのこと大変だなぁと思いました。
その後、福島県で唯一の国宝である、阿弥陀堂(白水阿弥陀堂)に案内して頂きました。
ここから、塩谷岬に行きました。
塩谷岬は今回の地震では被害を受けておりませんでしたが、行くまでの間に土台しかない家の跡が幾つもありましたが、残骸は綺麗に片づけられてました。
塩谷岬で記念写真
後ろにあるのが美空ひばりの歌碑で上の灯台が塩谷岬の灯台です。
同じ様な年代ですのでどちらかが私です。
(もりべえさん許可なく載せました)
この後、福島の二本松の銘菓、玉羊羹を買いに行きました。
事前に調査してここでも売っていることが判り、土地の利があるもりべえさんに教えて頂き店を探して行きました。
この羊羹は二本松にある玉嶋屋で作っており、お祭りの時のヨウヨウの風船のような物の中に入ってます。
楊枝で皮を突き刺すとピシッと剥けます。
中味の羊羹は美味しいです。
この後、昼食をしてもりべえさんと別れました。
いろんなお話が出来てとても楽しい時間でした。
もりべえさん、有難うございます。
この後、時間があったので不謹慎かと思いましたが、勉強の為に避難区域の通行が解除された富岡町を見させて頂きました。
国道6号線を通行止めの手前まで行きました。
ここは原発事故の避難地域でしたので、津波被害の跡はそのまま残っており、TVで見る画像の実態を見てショックでした。
街も形はあってもゴーストタウン化しており、住民の方の苦悩がヒシヒシと感じられました。
早々にホテルに戻りましたが、実態を見てのショックは大きかったです。
今回の旅行の目的はこの日で全部終わりました。
夜はホテルの近くの焼鳥屋で地元の人と語りました。
翌日は帰るだけでしたが、勿来の関に行きました。
ここで、久し振りにショウジョウバカマを見ました。
この花、以前に家にあったのですがいつの間にか消えてしまい、久し振りに見ました。
白河の関には一面にカタクリの花があります。
カタクリはもう少しすると咲くようです。
関の建物等は何も無く、公園になっており、碑が立っているのみでした。
帰りは国道6号線を通り、水戸の町を抜け、まだ時間があったので筑波山に行きました。
ここも階段、本殿まで階段を上り、さらにケーブルカーの駅まで階段を上ります。
全部で 170段位
このケーブルカーで標高 800mの頂上駅まで、約10分掛けてゆきます。
往復 1020円です。
頂上から見た筑波の街方向。
ガスっていて良く見えませんでした。
3時45分に筑波山を出て7時頃には家に着く予定でしたが、東京都内が混んでおり、家に着いたのは8時25分でした。
走行距離は
1日目 157km 家〜茨城県潮来
2日目 231km 潮来〜耳守神社〜袋田の滝〜いわき
3日目 165km いわき周辺
4日目 313km いわき〜水戸〜筑波山〜家
合計 866km
ちょっと最後の日の距離が長かったですが、1日走っていましたので休息も沢山取り疲労はありませんでした。
今回階段を良く歩き、長い距離ドライブし、まだいけるなと思ったのが実感でした。
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お出かけ
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今年初めから計画していたドライブをしてきました。
最近仕事で遠くへ行くことが無いので、久し振りに体調の確認を含めてのんびりドライブを実行しました。
目的は大きく五つありました。
一番目 茨城県で会社の同僚に会う。
二番目 茨城県にある日本唯一の耳神社にお参りする。
三番目 茨城県にある袋田の滝と生瀬の滝を見る。
四番目 福島県のブログフレンドのもりべえさんにお会いする。
五番目 被災地の現状の見学する。
です。
この中で印象のある所を何回かに分けて載せます。
[耳守神社]
私の耳は6年程前から左耳が難聴になり耳鳴りがしています。
いろんなことをしましたが、医者は治らないと言うので神頼みしかありません。
静岡県の三島市にも耳に御利益のある神社があると聞いて行きました。
今回は日本で唯一の耳の神社で茨城県小美玉市玉里にある名前も耳守神社と言います。
謂れは以下の通りです。
常陸大豫氏第三代の大豫繁盛(平国香の直孫)の五男・飯塚五郎左衛門兼忠の娘であった千代姫が幼少より耳が聞こえず困惑した両親が熊野権現に耳が治るように祈願し、その祈願が満願を迎えた朝に千代姫の耳が聞こえるようになったという。
千代姫が33歳の厄年になった際、不治の病にかかり、最後に千代姫は両親に「我なき後に社を建立すれば耳の病を守護せん」と遺言。両親が千代姫愛用の鏡を御神体として当地に「耳守」の社を建立したことにはじまる。
1590年(天正18)に佐竹氏の軍勢に攻められ大豫氏は滅亡。同族飯塚氏も滅び、耳守の祭祀が途絶えてしまった。その後、地元民の手によって祭祀が営まれて現在に至る。
全国唯一の耳に御利益のある神社と言うことで参拝者が多いとのことです。
参詣する社で裏に御霊の祀ってある本殿があります。
参詣者が快癒のお礼か、願掛けの為か千羽鶴等が飾ってあります。
願い事を竹筒に書いて備えるようで私も近所で竹を採って竹筒を作り願を掛けました。
側に記帳するノートがあり基調もしました。
お賽銭も奮発しました。
耳が治ったらお礼詣りをしようと思います。
この後、袋田の滝に行きました。
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今日は久しぶりに千葉県側に行く用事が出来た。
いつもの通りアクアラインを通って行くのだが、家を出る時に何となく一眼レフを持って行くことにした。
少し早めに家を出た。
案の定当っていた、アクアライン、海ホタルでは空気が澄んで遠くが良く見える。
早速、カメラを手にして一番上に出た。
相変わらず観光客は多い、風は少し吹いていたので陽は出ていても寒い。
最初は富士山と横浜風景。
今通ってきた横浜ベイブリッジと、日航ランドマークタワーホテルの左側に富士山が見えていた。
次は新名所の東京スカイツリー
流石に高い、飛び出ている。
手前にはこれから新名所になる恐竜橋、この橋でも高さ60mある。
一般道に掛る橋で今年度中に完成するらしい。
スカイツリーと東京タワーを比較してみると
見えるかなぁ〜、東京タワーの部分を拡大してみる。
東京タワーも、高さの迫っているビルが沢山あり、探すのに紅白の色だけが頼りで判る。
この他、ディズニーランドも見えるが相当な望遠レンズが必要です。
天気の良い日にゆっくりと周辺を見て、夕日の見られる時間に西側のファミレスから見るのも格別。
勿論夜景も面白い。
でも、何と言っても天候が左右するが、冬は遠くが良く見えるのでチャンスが多い。
久し振りの仕事、序でに楽しい思いをした。
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ハゼ釣りはこの所不振で釣れません。
ハゼは数多く釣れるのが普通なんですが、まるっきり駄目です。
今月初めにはハゼは3匹、セイゴ(鱸の子)は11匹、釣れました。
それはそれで、食べるには良いおかずになります。
それでもハゼ釣りに飽きたので、キス釣りに行くことにしました。
初夏の頃、大磯海岸で投げ釣りをしてから、釣りが時間潰しの行事の一つになりましたが、その初めに行った場所に行きました。
いきなり、親子(2匹)で釣れ、今日は釣れるかなと思いました。
釣りに夢中になると、つい写真を撮るのを忘れてしまいますが、これは携帯で撮った写真。
大きさが20cm近くあります。
大磯海岸は湘南海岸では尤も風光明媚は場所と思います。
相模湾が一望で大きな空、水平線まで見える海、この日は見えませんでしたが西に富士山、いるだけで晴れ晴れします。
結局、この日は全部で11匹、大きさもそれなりだったのでまあまあでした。
又その気になりそうです。
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365日休みになったので時間を持て余します。
この時期、菜園の方も草が生えないので暇になります。
夏前から昔やっていた投げ釣りを始めたのですが、真夏は暑いので避け、秋になってからハゼ釣りを思い立ち、相模川で釣ることにしました。
我家では父が釣り好きで、秋になると江戸前のハゼを釣り、正月に甘露煮を作っていました。
私も10年前位に同じように、お正月用の甘露煮を作ったことがあります。
その時も相模川で釣りました。
そんな訳で、この所1週間に1〜2度、行ってます。
初めて写真に撮りました。
場所は国道1号線とJRの鉄橋に挟まれた間です。
ここは河原までバイクで入れるので専らここにしてます。
見えるのは国道1号線の橋です。
今日釣れたハゼです。
チョット、グロテスクですが、白身の軽い魚です。
天ぷらにすると美味しいです。
これで15cm位です。
今は10〜20cm位の大きさの物が釣れます。
2時間程やったが止まってしまったので場所を移動。
ここは茅ヶ崎側、川の東側です。
河口から500m位の所です。
今日は富士山がクッキリと見えました。
対岸は平塚市です。
これは別の日の写真ですが、飛行船が飛んでました。
左に見える橋は湘南大橋です。
その向こうは海岸で湘南海岸です。
甘露煮用のハゼは第1段階で100匹の予定ですが、妻は200匹必要とのこと。
現在、76匹、先の長い話です。
まだ10月なので、暇にまかせて励みます。
相模川は上流の支流部に宮ケ瀬ダムが出来てから、水量が少なくなったのと土砂が流れ込まないので、川底に泥が無くハゼが住み難いようで、昔から見ると魚影が薄くなりました。
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