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“終りよければすべてよし”と願わずにはいられない。
12月28日、マダムと大阪に出た折に本当に久しぶりで “蔦屋”に行った。
移転すると聞いていたので、下調べをするとどうやらうわさが先行していただけのようだ。 どう調べても以前の公園前の店しかでてこない。とすれば勝手知ったる “蔦屋”。 地下鉄谷町6丁目駅から徒歩約5分。時間は1時前。外から見る限り満席のようだが、覚悟の上だった。向かって右の出入口から2人のお客が出て来た。入れ替わりに店内に入ると、窓際の席が2席空いていた。2人の場合、一番落ち着ける席だ。 “蔦屋”には店内に平行して横に通路があり、そこが待合席となっている。そんなこともすっかり忘れていて、たまたま私たちが店に入ったとき、その待合席には誰もいなかったのだ。 当然私たちは空いているいい席に通され、奇跡のようなソバ体験がスタートした。 その直後からお客が続々と訪れ、待合席も一杯に。マダムと二人で運が良かったね、と頷き合い、今年の運を使い果たしたような実感。でも12/28で良かった。今年もあと4日。 落ち着いて店内を見回すと、といえるほど広い店ではないけれど、待合席も含め若者が目立つ。それも何となくヤンキー風が多い。声高に携帯電話をしている者もいる。 “凡愚”の遺伝子を受けつぎ、ソバ屋としては異質な店づくりだから、彼らがいて違和感は感じないものの、オヤジがちょっと落ち着いてソバ屋酒という雰囲気ではない。 のどの渇きを潤すため私はビール。マダムは【秋鹿】の燗を注文。酒肴はいつものごとく“豆皿三種”と“鯖寿司”。お通しも含めビールや酒にさりげなく寄り添う。その間もお客は入れ替わりながら常に満席状態。にもかかわらず外回りの若い女性の動きがいい。店の中の流れに沿って、と言うべきか、彼女の動きが店の流れをつくっていると言うべきか。私たちとは年代の違う客が多いにもかかわらず、居心地は悪くない。 そして最後の『盛りそば』登場。 一つ半とたっぷり盛られた『盛りそば』をみて、おや?、なにかが違う。と感じる。 記憶をたどるも以前の“蔦屋”のソバのイメージがどうしても浮かんでこない。私が訪れる名店といっていい何軒かの店のソバともどこか違う。 何も付けずに一すすり、二すすり、山葵をのせ二すすり この深い味わいは何だ! 今迄おいしいと思って頂いていたソバは紛れもなくおいしかった。しかし、心の片隅でほんのわずかだが味わいに対する不足感があった、それはきっと自分自身の嗅覚からくることなのだろうと、思い込んでいた。しかし12/28の“蔦屋”のソバは、そんな私の思い込みを覆してあまりある味わいが漲っていた。これは今迄頂いたソバのなかでも最高クラスのものだ、という実感が喜びとなってカラダを駆け巡った。今日、蔦屋に来られたしあわせを感じる。 神妙にいただいていたマダムも店を出た後で「今日のおソバ、本当に美味しかったね」とぽつり。 この共有感もまた嬉しい。 今回は写真はありません。最近、飲食店で写真が撮れなくなって来ているのです。 それは店側からそういわれたのではなく、私自身の問題として。 当たり前のことだけれど、食べ味わうということと、写真を撮るということとは別のことだから、食べるということに集中するということにも一理あるのかな、なんて思っています。 |
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久しぶりの記事ですね。
楽しく拝見しました。
そんなに美味しかったですか。
私も味わいたかったです。
2013/12/30(月) 午後 9:22
チヌ太郎さん、ありがとうございます。
ご無沙汰いたしております。
滅多に行かないので、なんともいえませんが、
12/28のソバが蔦屋のいつものソバであるなら
蔦屋恐るべし!!
いや
本当においしかったですよ。
2013/12/31(火) 午前 11:35