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2006年
監督・脚本:アレクサンドル・ソクーロフ
★★★★
昨夜、“ロストロポーヴィチ氏死去”のニュースを見て衝撃を受けた。
私がこの作品を観たのは25日(水)、ロストロポーヴィチ氏が亡くなったのは27日(金)。
この作品は2006年に完成している。(現在イメージフォーラムで上映中)
ロストロポーヴィチ氏の方から、是非ソクーロフに撮ってもらいたいと連絡があったようだ。
氏は勿論音楽という世界で様々なものを残している訳だが、
映画においても、何かを残していったのだな…などとしみじみ思ってしまった。
実は私は、ロストロポーヴィチについてなんの知識もなく本作を観た。
何故観に行ったかというと、第一にソクーロフに興味があったこと、
第二にロシアに興味があったこと、第三にロシアの偉大なチェリストに興味があったことからである。
要するに、ロシアと聞けば何でも観たくなるのだ。
だから、ロストロポーヴィチがどれほど偉大なチェリストなのか、
彼がどのような人生を歩んできたのかなどは、全く知らなかった。
ちなみに、聴きたい聴きたいと思いながらも、クラシックは殆ど聴いたことがない。
だからクラシックに対する知識そのものがないのだ。
しかし、そんな私が観ても、充分に興味深いものであったし、
観た数日後に氏の死去を知って、とても悲しかった。今、とても悲しい。
本作の“ロストロポーヴィチ&ヴィシネフスカヤ 結婚50周年式典”の中で列席者として登場する
ロシア初代大統領ボリス・エリツィンも今月23日に亡くなっている。
まさに、この作品は“エレジー”(失われゆくものへの哀悼・ソクーロフ作品の中の重要なカテゴリー)
であると感じるものだった。
本作はドキュメンタリーである。
作品は2部構成になっている。
第1部は、主にロストロポーヴィチと妻ヴィシネフスカヤへのインタビュー。
そこにヴィシネフスカヤの写真や過去の出演映像が挟まれたりする。
第2部は“結婚50周年式典”の映像、モスクワのオペラ学校でのヴィシネフスカヤの指導の様子、
ウィーン・フィルのリハーサルでのロストロポーヴィチの様子などが流される。
ロストロポーヴィチはピアニストの母とチェリストの父のもとに生れた。
ロシアを代表する作曲家ショスタコーヴィチやプロコフィエフ(私は名前しか存じ上げなかった)に
作曲を学ぶ。
妻ガリーナ・ヴィシネフスカヤは殆ど正規の音楽教育を受けずに独学でソプラノ歌手へとなった
稀な存在。1952年にボリショイ劇場に彗星の如くデビューし、ロシアを代表するプリマドンナである。
夫妻は、1974年、反体制派として目を付けられていたノーベル賞作家ソルジェニーツィンを
擁護したことで政府と対立し、祖国を離れることとなる。
90年には祖国の土地を踏めることになったが、どこの国の国籍もとらずに“世界市民”となっている。
私は本作で、2人の生き方・考え方に芸術家としての(人間としての、かな…)誠実さと情熱を
みることができたと思う。
ロストロポーヴィチの温かな人柄と才能、そしてヴィシネフスカヤの憂いと情熱。
こんな言い方をして良いものか分からないが、
ロストロポーヴィチの存在はヴィシネフスカヤがあってこそ、という印象を受けた。
それほどにヴィシネフスカヤがどっしりとして見えたのだ。
彼女の強い眼差しとその中にある憂いは、きっと天真爛漫な(←私の勝手な印象)
ロストロポーヴィチを精神面で強く支えたのだろうな、と思わせる…そんな彼女の眼。
彼女のあの憂いは何なのだろうか?生い立ちかな。それとも最初の結婚によるものかな。
ソクーロフのインタビューは、良かったと思う。そんなことを訊くのか…ということをズバリ。
特にヴィシネフスカヤに対しての最初の質問。―「ご子息をよく思い出しますか?」
これは彼女が18歳の時に最初の夫との間にできた子供を指す。
産まれて間もなく亡くなってしまったのだ。
この後、インタビューは“生と死”について触れていくのだが、
彼女自身も「思いがけない質問で戸惑いますが…」と言っているように、
この質問が初めにくるとは私も思いがけなかった。
彼のインタビューは、決して不躾ではなく、ロストロポーヴィチに対しても
ヴィシネフスカヤに対しても相手に自分を重ね合わせるような、そんな親しみのあるものだった。
心の奥底まで入り込んでくるのだけど、それが許されてしまうような、そんな信頼関係を感じた。
第2部の映像では、私は正直ロストロポーヴィチよりヴィシネフスカヤの方が印象深かった。
というよりも、本作を観て印象的だったのは、ヴィシネフスカヤなのだ。
第2部で流される彼女の指導風景は、とても感動的だ。
彼女の歌に対する情熱が、指導の場でもグングンと迫ってくる。
彼女自身が歌そのものといった感じ。生徒に教えているという感じがしない。
ついつい自分も歌わずにはいられない、というような歌との一体感を見せつけられる。
彼女の過去の出演映像は、惹きつけられるものばかりだ。
チャイコフスキー「聞かないで」「もしも知っていたら」「スペードの女王」。
また、「カテリーナ・イズマイロヴァ」、これは映画なのかな?
これがまた迫力があった。映像はどれも歌声が物凄く心に残るもので、
映像で観ても凄いのだから目の前で聴いたらきっと忘れられないものだろうな…と感じた。
ロストロポーヴィチの映像で1番印象的だったのは、“結婚50周年記念式典”で
音楽にのって思わず踊ってしまうところ。
陽気で愛嬌たっぷりで音楽が大好きで、皆に愛される人柄…彼の全てが出ているような気がした。
ウィーン・フィルのリハーサル風景でも、
尊敬されながらも愛されている彼の姿を垣間見ることができた。
私は、どうせならウィーン・フィルのコンサートの本番シーンも流してくれれば
もっともっと彼の魅力を知ることができるし、作品も盛り上がるのではないかなー…なんて
思ったのだが、パンフレットを見て納得した。
なにやらウィーン・フィルとの契約で本番の映像を使ってはいけない(断片的には良い)ことに
なっているのと、ソクーロフ自身もリハーサルの方にむしろ興味があったと言う。
確かにリハーサル風景では、本番では見られない氏の姿が垣間見れるわけで、
私もその点では賛成だと思った。それに法的に使えないのなら、どうしようもないだろうし、な。
パンフレットの“ロストロポーヴィチ来日特別インタビュー”の中で、
インタビュアーがプロコフィエフとスターリンの死について
“ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』で、アリョーシャは肉体の父フョードルと
精神の父ゾシマ長老を同じ日に失います。プロコフィエフとスターリンが同じ日に死んだことは、
ソヴィエトにとってはそれに匹敵するくらい重大な意味をもっていたのでは?”と尋ねると
氏は肯定していた。プロコフィエフは名前しか知らなかったが、この文面を読んで
プロコフィエフというのがロシア(ソ連)では重要な位置にある人物なのだな…と興味を覚えた。
ヴィシネフスカヤの歌声は、CDにもなっているようなので聴いてみたいが
どうせならあの美しい(本当に美しい!)姿を見られるDVDにしようかなーなんて思っている。
そういえば、映画「太陽」で流れるバッハの音楽は、ロストロポーヴィチが演奏をしていたそうだ。
本作は、静かな情熱を感じさせるドキュメンタリーだった。
未知の領域だったが、とても興味深く観ることができた。
ロストロポーヴィチに哀悼の意を表したい。
※私が観に行った日は、各回先着20名にロシアの民芸品をプレゼントの日でした。
自分で選べるのですが、マトリョーシカが大好きな私は、可愛らしい猫のマトリョーシカを
選びました。猫のマトリョーシカは見たことがなかったのでとても珍しかった。嬉しい特典です。
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