浮遊船

しばらく旅行記が続きます…すいません

邦画 1971年〜80年

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「忍ぶ川」

イメージ 1

1972年
監督:熊井啓
脚本:長谷部慶次・熊井啓
音楽:松村禎三
美術:木村威夫
原作:三浦哲郎

出演:加藤剛、栗原小巻、永田靖、滝花久子、山口果林、岩崎加根子、井川比佐志、信欣三

★★★★++
哲郎(加藤剛)は大学生、志乃(栗原小巻)は料亭しのぶ川の看板娘。
哲郎が卒業生の送別会でしのぶ川に訪れた際、2人は出会う。
哲郎にはどこか翳があった。哲郎は6人兄弟で3人の姉と2人の兄がいた。
だが、哲郎の6歳の誕生日の日に、次姉が失恋で自殺したのをきっかけに、長兄が失踪、
長姉も自殺、次兄は家の財産を持って逐電…。哲郎は“自分もいつか兄姉のようになるのでは…”と
宿命のようなものを感じていた。実家には脳溢血で倒れた父と、母、目の不自由な姉が残っていた。
一方志乃は洲崎パラダイスの郭の娘で、今では父と弟妹たちが栃木で貧しい暮らしをしているのだった。
志乃は病気で伏せっている父の為に仕送りをして、苦労している娘だった。
そんな哲郎と志乃が互いに魅かれ合い、距離を縮め、愛し合う姿を描いた作品。

素晴らしかった。
熊井作品は、所謂“社会派”と呼ばれるものしか観たことがなかったので、驚いた。
それらの作品を観ても感じることだが、今回「忍ぶ川」を観て改めて、
熊井監督は人間を温かく優しく見つめる、とても誠実な人物なのだな、と感じた。
熊井作品の人物描写は、非常に丁寧で繊細で、うまい。
そこに出てくる人物の人生ってものを、ずっしりと感じることができる。

「忍ぶ川」を観ていると、哲郎と志乃の人物があまりにもよく描かれている為に、
感情移入をし過ぎて(笑)、観ている私がドキドキして、ポッと温かな気持ちになって、
喜んだり切なくなったり心配になったり、とっても新鮮な気持ちになれるのだった。
だが、“純愛映画”なんて言葉で片付けられないような緊迫感に画面は満ちている。

時にはドキュメンタリーのようだ。
2人で出掛ける深川、洲崎パラダイス、浅草…。
映し出される街の風景が興味深いと同時に臨場感を出してくれる。

時には推理ものを観ているかのようだ。
哲郎の語りが、観ているものを惹きつける。
「私は、昼になると志乃を信じられなくなった。志乃の私に対する振る舞いが、
単なる営業上のものではないかと思われたのだ。しかし、夜になると、
私は志乃の真心を信じずには要られなかった。」
哲郎の人を信じることができない、どこか冷めたところは、
きっと哲郎の心を覆っている暗い翳のせいだろう。その翳って、なに?
そして、哲郎が気にしている、“突然変異”の兄姉たちの病気ってなんなのだろう?
謎が明かされないまま映し出される、実家の姉(岩崎加根子)の姿と古びた日本人形が、
なにか不吉なことを予感させる。
我々は、不安と緊張を孕んだまま、しばらく2人の姿を見守ることになる。
そんな中でも、2人で深川に行った帰りの哲郎の語り、
「私は初めて昼に志乃を信じることができた」は、ポッと心を温かくさせてくれる。

哲郎の翳の謎、志乃の生い立ちなどが明かされても、画面の緊張感・不安感はなくならない。
確実に距離を縮めて愛を育んでいる2人の姿は幸せそのものなのだが、
哲郎の実家を覆うどんよりとした低い雲と、暗い表情の姉は、なにか不安なものを感じさせる。
だが、そんな不安をふわっと包みこんで、温かな空気に変えたのは、哲郎。

印象的な場面。
志乃が初めて哲郎の実家へ来た日の夜。
台所で、姉と志乃。
姉:志乃さん、ごめんなさいね。私は目が不自由なものだから僻みっぽくて陰険な小姑で。
志乃:そんなことはありませんわ。これからは何か不自由なことがあったら、私に言って下さい。
  そうしてくださると、私本当に嬉しいんです。
「志乃!」と呼ぶ哲郎の声。頭を下げて立ち去る志乃。
哲郎と志乃、廊下でおやすみと交わし別れる。
階段を上がり2階へ行こうとする哲郎。
ふと台所を見ると、顔を洗っている姉の後姿。
哲郎の語り。
―姉は、泣いていたのかもしれない。
 もし私が、死んだ兄姉の内の1人だったら、黙って2階へと上がっていただろう。

哲郎は、階段にかけた足を戻し、台所へと行く。
哲郎:姉さん!どうだ?俺の嫁さん。
姉:…。いい人。
哲郎:姉さんの妹になるんだよ。どうだ、仲良くやっていけそうか?
姉:…。うん。…私、生きていてもいい?
哲郎:姉さん…当たり前じゃないか!姉さんを1人にはしないよ!

この場面は、大好きです。
哲郎が自分の宿命…いや、この家を覆っていた宿命という名の暗い翳を、自分の手で追い払った瞬間。
この時の哲郎の労わりと優しい笑顔は、志乃と出会ったことで得たものだ。
人間がこんな風に変われるのも、やっぱり人間の力なんだな…と思う。
そして、姉の不安もよく分かるんですね。
“自分は生きていてもいいのだろうか…”これはまさに、かつて哲郎も抱いていた不安。
姉弟だからこそ分かり合える、この不安。
そしてこの不安から姉を救えるのも、哲郎しかいなかったのですね。
姉を演じた岩崎加根子さんも素晴らしかったです。

翌日の家族5人だけの小さな結婚式。
なんという温かな結婚式!
目の不自由な姉が、三々九度の杯に酒を注ぐ。杯から酒がこぼれる。決してスムーズではない。
高砂をうたう父親も、どこか不器用。
そんな全てが温かい。

そして、哲郎と志乃が一つになった夜。
ここも印象的。
哲郎:雪国では素っ裸で寝るんだ。寝巻きなんか着て寝るよりも、ずっと暖かいんだよ。
と言いながら、二組敷かれている蒲団の一組を畳んで端に寄せて、枕だけを残す。
しばらく時が経つ。哲郎は蒲団に入っている。志乃が近づく。
志乃:私も寝巻きを着てはいけないのでしょうか…
哲郎:そうだよ、君はもう雪国の人間なのだから。

ああ!私、本当にドキドキしてしまって恥ずかしくなってしまいました。
なにしろ、栗原小巻さんが可憐で可憐で!
加藤剛さんは勿論カッコいいし!
そして、この場面、栗原小巻さんの裸が見えてしまうという、なんともドキドキするシーンなのですね!
と言っても、ごくごく自然に見える感じで、とっても美しいです。
2人の愛の結晶、まさに愛の結晶を見ているんだな…と思うと、幸せなドキドキです♪

そして、その後、大雪原の中そりを引いている馬の姿を見る2人。
裸で1枚の毛布に包まっている。
抱き合う2人。ふわりと毛布が落ちる。
この場面も大変美しいです。

不安な暗い翳はあるものの、2人に横恋慕してくる人物や、意地悪をしてくる人物はいない。
また、2人の間を引き裂くような意地悪な展開もない。だから、嘘臭くない。
これは、1人の男と1人の女が、誠実に真剣に向き合って関係を築いていく話だ。
過去の辛い記憶や、自分の未来への不安を、お互いに支え合うことでなくしていく。
この2人は、ほんっとうに誠実です。
なにしろ、加藤剛と栗原小巻ですから!
宿命という言葉が加藤剛の口から出ると、思わず「砂の器」を思い出してしまいますね。
いや、ここでは関係ありません。

栗原小巻は本当に可憐だった。
この2人のように愛を築いていけたら、幸せだろうな…

丁寧に丁寧に、小説を読んでいるような作品だ。
ところどころ入る、字幕が印象的。
特に、志乃に婚約者がいると聞かされた時。
哲郎が銭湯の湯にバシャバシャっと浸かっている。
       “奪う”
と字幕が出る。
哲郎の語り―そうだ!奪うんだ!婚約者がいるなら、志乃を奪う!それだけのことだ!
力強い感じがしました。
こういった字幕の効果もあってか、更に小説を読んでいるような気分になります。
人物描写が丁寧で、2人の距離が着実に縮まっていく様子もうまく描かれていて、
哲郎の姉の不安感もよく伝わってくるのです。
1冊の本を読み終えたような、満足感がありました。

「涅槃―雛―」

1975年/10分/カラー

制作:キングレコード+サンオフィス
プロデューサー:相田千代
監督・構成:実相寺昭雄
撮影:中堀正夫
美術:池谷仙克
編集:浦岡敬一
効果:小森護雄
音楽:広瀬量平
語り:清水紘治

日本独特な芸術である雛人形を通して人間社会の業、祈願、期待を見つめようとした。
人形の発生であるひとがた、呪術用具としての雛形が近世の雛人形に変って行く歴史をたどり、
精神の形成をみる。

日本の文化映画・科学映画・教育映画・ニュース映画・アニメーションなどの「短編映画」を
上映している“短編調査団”(neoneo坐)の上映会にて鑑賞しました。
監督が実相寺昭雄だったのが気になり、足を運んでみました。

10分間の作品ですが、シュールな出来映えの文化映画ですね。
まず、雛人形が映し出され、「雛人形は何を考えているのか…」という語りが入る。
「人間は雛人形に人間の業を籠めて自分の身を清めてきた。
それが遊びとしての人形文化と結びついて、現代のような雛人形ができたのだ。
そもそも、我々にとって人形とは遊びではなかった…
ひとがた―人間にとってそれはまさに分身。人々はそこに何を籠めてきたのだろうか…」
このような語りと共に、雛人形の姿、ひとがた、地獄絵図などの映像が流される。

ひとがた―どこかの博物館に行った時に見たけど、気味の悪いものだったな…
今回再び映像で見たが、何度見ても不気味なものだ。
怨念にしろ執念にしろ希望にしろ、人間の強い思いというのは、怖ろしいものだ。
そして雛人形。雛人形に限らず、日本人形などの人形というものは
ただ“綺麗”“可愛い”というものではなく、どこか不気味さを感じるものですね。
あの姿形がそう思わせるのかもしれませんが、やはり人形の歴史が
無意識の内に我々に流れ込んでくるのかもしれません。
魂を感じるのでしょう。

このような人形の魂を感じさせてくれる映像でした。
その魂とは、人間が籠めた怨念、期待、祈願に他なりません。
私は、実相寺監督の「無常」「曼陀羅」「哥」と似たような雰囲気の作品だなーと感じました。
静かな中に緊張感と不気味さがあり、糸がピーンとはっているような空気が流れている。

最後に、
「雛人形は春がくるのを願っている。人間に本当の春がくるのを願っているのだ」と語られる。
長い歴史の中で、人間の様々な思いを託されてきた雛人形は、
それらの人間の強い思いを全て吸い取って、人間に幸せな日々がくるのを望んでいるのだろう。

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1976年
監督:長谷部安春
脚本:桂千穂
音楽:月見里太一

出演:桂たまき、林ゆたか、山科ゆり、八城夏子、岡本麗、丘奈保美、潤ますみ、高村ルナ、梓ようこ
   飯田紅子、森みどり、三川裕之、堺美紀子、田端善彦

★★★+
あ〜、変なの見ちゃったよ〜(涙)
怖いよ〜、夢に出てきそうだよ〜!!
桂たまきの髪型も強烈だよ〜!
ケーキナイフを持った林ゆたかが怖いよ〜!

ケーキ屋でウエイトレスをするユリ(桂たまき)は無愛想で客への対応も悪い。
同じケーキ屋でケーキ作りをしているケン(林ゆたか)は、住み込みで働いている。
ある雨の晩、家まで車で送ってくれというユリの頼みを断れず、送ることにしたケン。
しばらく走るとずぶ濡れの女が飛び出してきて、「乗せてくれ」と頼む。
後部座席に乗った女は、ナイフで自分の腕を切り始める。ケンにナイフを取り上げられると
今度は剃刀の刃を何枚も取り出す。恐ろしくなったケンは女を引きずりおろし、挙句轢き殺してしまう。
死体の始末をするケンとユリ。ユリの部屋で、興奮状態の2人は激しいセックスをするのだった。
数日後、再びセックスをするも、どうもこの間の晩とは違うと文句を言うユリ。
あの快感を再び味わう為に、もう1度人を殺そうと提案する。(そんな〜〜!!)
2人は次から次へと人を殺して快感を味わうが、その内ケンが1人で暴走し始めて…。

作品の雰囲気、テンポの良さ、笑いすら誘うユリの台詞…
そして桂たまき(迫力ありまくり)と林ゆたか(恐怖!)の強烈なキャラクター…などなど
好きな点も多い作品なのだが、私はもうただこの一点だけが苦手で苦手で…
それは女性器にケーキナイフです。
ホント、作品の殆ど、顔を伏せてしまって見られなかった(涙)
(ギドクの子宮に釣針も痛かったですけどね。こちらは女性器にケーキナイフが繰返されるので…)
久々に、下腹部が痛くなり、動悸も激しくなり、イヤな吐き気に襲われる作品に出会った。
私、結構、こういう作品(女性器への攻撃)を観ると、自分の体が痛くなるというか
反応してしまうので、もう観てられないんです!
あれが男性器なら平気でしたよ、多分。

男と女の逆転が面白いです。
初めの頃の桂たまきのふて腐れ演技は最高です。
まん丸な顔にアフロ(?)ヘアで、くどいてきた中年客には珈琲をわざとこぼす、
幼い子供には悪態つく、店のケーキは持ちだす…。
完全にケンより優位で、「ねー、次は誰をヤル?」なんて笑顔で言ってくるところは笑いすら誘うのだが、断れない迫力があって怖いんですね。
一方のケンは、オドオドして気弱で、「どうしよう、どうしよう」なんて言ってる。
この2人が、殺人を重ねていくことで逆転してくるんですね。
ユリは「私達仲良し夫婦みたいだね。ね、結婚しよ!これからは私、洗濯も掃除も何でもやるよ」とか
「捨てないでね」とかしおらしく言ってくるし、
ケンは段々顔が凶暴になってきてユリに従わなくなってくる。
その内ユリを置いて1人で殺人に向かうようになるのだが、
そんなケンに向かって言うユリの台詞が面白い!
「浮気もの!なんで連れて行ってくれないのよ!!」
ひょえ〜〜!殺人=快楽になっているこの2人にとっては、
1人で殺人に向かうことは浮気になっちゃうんだな〜。
男女の形って、色々あるんですねー。

雨の晩に車に乗ってくる女(山科ゆり)は怖いです。
このシーンを観た時、“あ〜、この作品ホラーっぽい感じなのかなー”と思いましたが、
まさか、この後あんな展開をするとは思ってもみませんでしたね。

テニス帰りの少女(八城夏子)の腹部を刺して殺す。
ケーキ屋でユリをくどいた中年男の妻(岡本麗)の女性器を刺して殺す。
(↓ここからはケン1人の犯行)
コールガール(丘奈保美)の女性器を刺して殺す。
巫女をやっている女(潤ますみ)の女性器を刺して殺す。
ブティックの女(高村ルナ)の女性器を刺して殺す。
看護婦達を次々と刺し殺していく。(若松孝二「犯された白衣」を彷彿とさせる)
最後にユリも刺し殺される。

岡本麗以降、何人もに渡って繰り広げられる女性器への攻撃。
これが普通に腹を刺したりならまだ良いのですが、
この女性器にケーキナイフの映像は、私駄目でした。

それにしても、岡本麗のあんな姿を見るとは!
岡本麗もポルノに出ていたんですねー。
岡本麗=婦警の姿がこびりついている私としては、とっても新鮮でもあり違和感もあり…。

これ、音楽がいいですよね。
♪ダバダバダ〜♪という音楽が、それぞれの場面によって変形するんです。
人殺しシーンやセックスシーンでは、ゆるい感じの♪ダバダバダー♪ですし、
(人殺してんのに、ダバダバ言ってる場合じゃないよ!と思いましたが)
巫女を殺して逃げるところでは、♪ダバダバダバダー♪とテンポの早い緊張感溢れるダバダバなんです。
(どこまでダバダバで通すんだ!)

好きな部分が多かったし、出演者も良かったんだけど、
やっぱりちょっと苦手だったかな。

私のロマンポルノ通いは、強烈な桂たまきの姿と背筋も凍る林ゆたかの表情で幕を閉じたのでした。
まさか、ケーキナイフで終えるとは思ってもみなかった(笑)

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「生贄夫人」

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1974年
監督:小沼勝
脚本:田中陽造
音楽:月見里太一

出演:谷ナオミ、東てる美、坂本長利、影山英俊、中平哲仟、高山千草、谷文太、庄司三郎、小見山玉樹

★★★★★
最高!美しい!全てに無駄がない!作品としても面白い!
2回観に行きました。2回目は、美術館に行くような気分でした。
絵画と言っても良いような画面です。

アブノーマルな性向を持つ夫(坂本長利)によって山小屋に監禁され調教される秋子(谷ナオミ)。
ある日、心中している若い男女を見つけた夫は、女・薫(東てる美)の方だけ助ける。
やがて息をふきかえした男・潔(影山英俊)もこの山小屋にやってきて、結果薫も潔も夫によって
縛られプレイに参加させられる。この頃から、秋子は本性が出始め、縛られるのが嬉しくなってくる。
若い男女は、今や憎しみ合っており、その姿を見た夫は「2人の愛を滅茶苦茶にしてやった」と満足し、
2人を解放してやるのだが、2人はその後この山小屋で心中を果たす。2人が縄で結ばれて
死んでいるのを見た夫は、抜け殻のようになる。段々と活き活きしてくる秋子に比べて、夫は再び
女が恐ろしくなってきている。警察がこの山小屋に踏み込んだ時、そこには縄でぐるぐる巻きになって
死んでいる若い男女と、縛られて嬉々としている秋子の姿だけがあった。夫は再び女の子と共に
去るのだった。

ほんっとに、どこをとっても見事です!
まず、冒頭。
谷ナオミが白い日傘を差して和服で歩いているのだが、
その日傘が真上から映されて、そこに「生贄夫人」とタイトルが出る。
ここからして既に美しい。
真上からの画面と言えば、谷ナオミが結婚の時の衣装を着せられ吊るされていて、
それが真上から撮られている場面も、素晴らしく美しかったです。
吊るされているその縄の、ギーコギーコという音だけがしている静かな画面です。

美しいと感じた場面。
谷ナオミがお手洗いに行きたくてもがいている姿を上から撮った場面。
この時我々は、上から眺めている夫と同じ目線で見ることになるのだが、
谷ナオミのもがく姿が美しいので、思わず夫の感覚に共感してしまいそうになる瞬間でもあります。
「具合でも悪いんですか?」「そこでしたら良いじゃありませんか」「あ〜あ、汚い食べ方ですね」などの
坂本長利さんの台詞に、ちょっと笑ってしまった私。

それから、夫に剃刀を向けて逃げ出そうとした罰に、縄でグルグルに巻かれてお仕置きされていた場面。
この姿は、ちょっとした恐怖でもありますが、恐怖を感じるものって時に美しく見えたりしますよね。
口も首も胸も下腹部も脚も、全部縄でグルグル巻きにされていて、ものすごい画です!

ものすごい画と言えば、谷ナオミが夫の留守中にやっと縄を切って逃げ出した時に、
助けを求めた2人組みの男に犯されてしまい、置き去りにされた姿を夫が見つけた場面。
縄が緩く絡みついた真白な谷ナオミの体が、ところどころ泥で汚されていて、
下腹部の辺りにはカラスの死骸が置いてある。
この美しいものが汚されているという画は、何とも言えない美しさがあります。
カラスの死骸を置くという演出は、素晴らしいなと思いました。
あれがあるのとないのとでは、大分美しさが違ってきますね。

結婚衣装で吊るされている姿は絶世の美しさです。
“2人だけの結婚式”って何をするのかと思ったら、
吊るしたまま陰毛を剃って、その後セックス。
陰毛を剃る時の坂本長利さんの「あ〜、こりゃすごい、石鹸が要らないな〜」という台詞が印象深かった。

どの画にも、光がうまく使われています。
光の使い方がとってもうまいので、美しくなっているのだと思います。
山小屋は基本的に暗い。
夜は蝋燭の灯り、日中は壁の隙間から差し込む光だけである。
山小屋に連れ去られた晩、左に坂本長利がいて、真ん中に蝋燭、そして和服を着た谷ナオミが
ぼんやりと浮かび上がっているという画は、光がうまく使われていて非常に美しい。
結婚衣装で吊るされる時もそうである。
白粉を塗った顔と白い着物とが、暗い山小屋の中で浮かび上がって大変美しい。
山小屋の暗さと、谷ナオミの(その衣装の)白さと、
そして、その白さを際立たせる蝋燭の灯り。

ちょっと面白かった場面。
心中未遂の男女がプレイに参加させられているところで、
薫が汚物を無理矢理放出させられるのだが、その瞬間、
感動のクライマックス!みたいな音楽が流れる。
うまいな〜と思った。確かに感動の場面だね、ありゃ。

その後の、4人で画面に納まる、あの構図が好き。
左側には柱に縛りつけられてる潔とその上に正面を向いてまたがっている秋子。
右側には仰向けになって片足を縄で吊るされている薫と、性行為に及んでいる夫。
この画面は、なんとな〜く乱歩の世界を髣髴とさせるような、そんな感じ。

後半、嬉々としている谷ナオミのココ↓が可愛い!
縄で縛られて犬の散歩のように歩いているのだが、
谷ナオミがチョコチョコと橋の上を歩いていて、後ろからは縄を持った夫が飼い主のようについてくる。
この時の谷ナオミの楽しそうな姿!
それから、心中してしまった2人を見てしょげている夫、手には女の子の人形を持っている。
すると、谷ナオミが、縄を持ってきて「縛って♪」。
乗り気でない夫に、「何してんの!早く!」と言って、夫が持っている人形をポ〜ンと放り投げる。
このルンルンの谷ナオミの姿!

田中登の「発禁本「美人乱舞」より 責める!」も画面は美しかったのだが、
「生贄夫人」の美しさは半端じゃない!
小沼勝×谷ナオミは、最強の美しさを出しますね。
しかも「生贄夫人」は話も面白い。「発禁本〜」の方は感情移入しにくい作品だったが、
こちらの方は“分かっちゃうかも〜”と思う。
調教されて本性が出てくる、秋子のその変化。
自分達だけの愛の世界を持って心中していた2人に嫉妬する夫。
若い2人の死と、本性に目覚めて嬉々としている秋子の姿に、恐れと戸惑いをなす夫の変化。
単にSMを描いただけではなくて、男と女の気持ちの変化がよく描けているので
見ている方もスッと作品に入っていけたのだ。
やっぱり女って怖いな〜。

この作品、最後の最後まで席を立ってはいけませんね。
坂本長利と女の子が手を繋いで山を下りている。
エンド・ロール。
どんどん山を下りていく2人。
“あ〜、やっぱり女は怖い。子供が1番安心だ。俺はもう何もかも嫌になった。”
と思っているんだろうな〜と想像しながら画面を見る私。
エンド・ロールが終わる。
パッと画面が変わり、縛られて嬉々としている谷ナオミの姿と「生贄夫人」というタイトルが出て終わる。
この時の谷ナオミは、男の血を吸って元気になった蛇みたい!
怖いくらい活き活きとしていて、強烈な印象を残します。
最後が坂本長利の下山という脱力感で終わるのかと思いきや、
ビシっとしめてくれましたね!
最後の最後まで気を抜けない、大変美しく面白い作品でした。
谷ナオミ最高♪

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1979年
監督:藤田敏八
脚本:小林竜雄
音楽:篠崎コウヘイ

出演:奥田瑛二、高沢順子、森下愛子、風間杜夫、真木洋子、加藤嘉、赤座美代子、浜口竜哉
   河原崎長一郎、根岸明美、蟹江敬三、高橋明、島村謙次

★★★★★
いや〜、森下愛子も可愛いですね〜。私スクリーンで彼女を観るのは今回が初めてでしたが、
可愛いな〜可愛いな〜と思いながら眺めてしまいました♪

そして、顔や雰囲気が好みの(好みの俳優を挙げたらキリがないな〜、こりゃ)
奥田瑛二は勿論素敵で、大好きな杜夫さんまで出ているのだから、嬉しいったらない。

24歳の若さで妻・君枝(高沢順子)には逃げられ、カメラマンになるという自分の夢も捨てて、
運送業を続ける勇一(奥田瑛二)。一人息子の大助を姉夫婦(浜口竜哉・赤座美代子)の元へ預けて、
ひたすら妻の帰りを待つこと2年と少し。
ある日勇一は、家出をしてバンドの親衛隊をしているという彩子(森下愛子)を助ける。
彩子との、男女とも親子とも言えないような関係と(勿論体の関係は持つが)、
失踪した妻を見つけやり直そうとする夫婦の関係とが、勇一の父親(加藤嘉)や姉、
君枝の兄などを交えて描かれている。
彩子は自分の人生を歩み始め、勇一と君枝は子供を引き取ってやり直そうとした矢先に…。

豪華な顔ぶれだな〜と思いながら観てました。
高沢順子って、なんだか懐かしい感じがする。
ラストにちょっとだけ出る蟹江敬三は、さすがの存在感で、
あのサングラスと髪型と服装と、全てがいや〜な感じで印象に残っております(笑)
そしてちょっとの出演だが、義理の娘(森下愛子)に手を出した男という、
重要な役でありまして、あ〜、彩子の年配の男性への殺意、鋭い目つきは
この男のせいなのか〜!と思いながら観てしまいました。
そしてそして、もっと少ない出演の、車の運転手役の高橋明さん。
「馬鹿野郎!こういうのがいるから事故が減らねーんだ!お前達の知り合いか!」
という台詞を残して去って行きましたね(笑)
控えめで、消え入りそうで、弱々しい感じなのに、イヤミはしっかり言う、
君枝の兄役、河原崎長一郎さんもいい味出していました。
そうそう、ああいう人に限って、ボソッとイヤミっぽいことをうまく言うんですよねー。
目で訴えるイヤミっていうのでしょうか、結構ビクッとしますね(笑)

杜夫のホスト姿は、いや〜、カッコいい♪
特に隣でべったりくっついているのが絵沢萠子だったりするから(笑)

1番面白かったのは、加藤嘉。
入院している父親(加藤嘉)の元へ見舞いに来た勇一・大助・彩子。
喜ぶ父親に、孫・勇一が一言。
「おじいちゃん、シミ多いよ」
嬉しそうな顔から一転、しょげた顔で鏡を見る父親。
この時の加藤嘉の表情がなんとも言えませんねー。
それにしても、悪意のない子供の発言というのは残酷ですな。

折角戻ってきた妻と、家に泊めていた彩子が鉢合わせというのもおかしかった。
だが、ドロドロ状態になるかと思いきや、彩子はあっさり出て行っておしまい。
ここら辺の彩子の行動は、気を遣って元気に出て行くところが却って寂しそうに見えてくるというか、
孤独なものを感じさせます。

ここに出てくる人達、決してこの時代の若者特有なのではなく、
現代にもしっかり通じるなーと思いながら観ていました。
器用で奔放で、一見元気に明るく好き勝手に生きているように見えるんだけど、
実際は孤独で寂しくて、深い傷を負っているのを必死で隠しながら生きている。
そんな彩子みたいな若者、今だって多いんだろうなと思う。
森下愛子は本当に可愛くて、天真爛漫っぽい姿も見せるんだけど
寂しそうな表情や鋭い目つきも上手くて、ぴったりの役だな〜と思った。
彩子の働く小料理屋で見せたあの鋭い目つき、
勇一の部屋に行った時に見せたあの大人っぽい表情、
おじいちゃん(加藤嘉)の手を握りながら複雑な表情で、でも恋しさ漂う表情で見つめる姿、
どれもしっかりと表現できていると思った。

父親を憎む思いと慕う思い、でもやっぱり慕う思いの方が強い、まだまだ幼い彩子。
その寂しさが、勇一の父親の元へと彩子を行かせる。
君枝の名前を名乗る彩子の思いは、過去の辛い出来事を忘れたい、別人になりたいという思いと、
誰かの家族の一員になりたい、真剣に思われる誰かになってみたいという寂しさの表れなんだろうと
思う。彩子の寂しさ・孤独を思うと、とても切なくなる作品だ。

勇一は、どこか頼りない。グイグイ引っ張ってくれる積極的な男性も好きだが、
勇一みたいな(奥田瑛二が演じてなきゃ駄目ですよ)モヤシのような男も、
なんとなく惹かれるところがある。
ニューファミリー思考を持ちながらも、不器用で不甲斐ない男を見事に演じておりました。
必死で作ろうとすればするほど、不安定になっていく若い夫婦。
いつか繕うのに疲れて崩壊するだろうな〜という予感のする、若い夫婦。
これは現代でもそうでしょうね。

色んな形で若者の孤独や寂しさ、不器用さが描かれていて、
共感できる部分も沢山あった。見事に描けていると思いました。

ラストは、兎に角びっくりでした!
ええー、そうくるか!といった感じ。
まさか、あんなラストが待ち受けているとは〜!
蟹江敬三さん、アンタ、大変なことしちゃいましたよ。

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