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2005年
監督:大津幸四郎
撮影:大津幸四郎・松尾秀一
音楽デザイン・ピアノ演奏:本田成子
出演:大野一雄、大野慶人、溝端俊夫、ジョアン・ソレル、大野一雄舞踏研究所研究生
磯崎新(織部賞選考委員)、松岡正剛(織部賞選考委員)、梶原拓(岐阜県知事)
大倉正之助(鼓)、佐藤陽子(ヴァイオリン)、大野悦子(衣装)
★★★★★
これは、ドキュメンタリ映画である。100歳になる舞踏家大野一雄を追ったドキュメンタリ映画だ。
大津幸四郎 第1回監督作品 とある。聞いた事がない人だ。第1回監督作品だから当たり前かー
などと思っていたら、違った。(←知らないのは私だけ!?)
簡単な経歴を書いてみる。
1958年 岩波映画製作所に入社。試験期間半年は助監督見習いとして黒木和雄につくが、
その後撮影部へいかされる。
5年間の修業の後フリーへ。
1964年 黒木和雄監督「とべない沈黙」チーフ助手として参加
1967年 小川紳介監督「圧殺の森」撮影担当
1968年 小川紳介監督「三里塚の夏」撮影担当
1969年 土本典昭監督「パルチザン前史」撮影担当
1975年 土本典昭監督「不知火海」撮影担当
1991年 平野克己監督「魂の風景・大野一雄の世界」撮影担当
2005年 佐藤真監督「エドワード・サイード OUT OF PLASE」撮影担当
2006年 熊谷博子監督「三池―終わらない炭鉱の物語」撮影担当
などなど、上記以外にも数々のドキュメンタリ作品のカメラマンとして国際的に知られている方なのだ。
齢73歳を迎える大ベテランカメラマンの第1回監督作品、というわけだ。
ドキュメンタリー映画作家の佐藤真さんがパンフレットに寄せた評によると、
ロングショットの名手は厚田雄春・宮川一夫、クローズアップの名手は小村静夫・鈴木達夫、
そしてミドルショットの名手がこの大津幸四郎なのだと。
私はカメラのことはよく分からないので、なるほどーという気持ちで読んでいたが。
こんなに長く監督について紹介してきたが、
私の目当ては勿論、勿論、大野一雄、である。
大野一雄は土方巽とともに舞踏の生みの親とされる方で、世界的に注目を集める舞踏家だ。
ご子息の大野慶人さんも、同じく舞踏家としてその精神を受け継いでいる。
などと書いている私は、大野一雄の舞踏を生で観た事はないし、大体あまりよく知りもしないのだ。
石井輝男の作品に出ていた土方巽に釘づけになり、暗黒舞踏なるものに興味が湧き、
そこから大野一雄に辿り着いたわけである。
本作は大野一雄を追っているわけだが、彼は2000年の公演中腰を痛め、歩行が困難になっている。
本作では、再び舞台で踊ろうという大野一雄に密着しているのだ。
踊るといっても、椅子に座っての踊りである。或いは床に這い蹲っての踊りだ。
大野一雄を崇拝する私としては、この姿を見られただけでも、感動なのである。
大野一雄の怒りのひとりごとは、胸が締め付けられる。
言語が不明瞭になっている大野一雄が、
「私は…踊りたい。踊らなくてもいいのか。踊りたいから、ここへ、山へ登ってきた。
踊っちゃ悪いのか。おさえているというのは…踊れと。踊りたくはないのか。(後略)」
(パンフレットより)
など、ひたすら踊ることへの情熱と、踊れないことへの焦燥を、熱に浮かされたように吐き出すのだ。
彼にとっては、言葉はいらない。いくら怒りのひとりごとを吐いていても
音楽が鳴ると自然に体が動き出す。
受賞の喜びの言葉もない。それは、体で表現される。
彼の感情表現は全て肉体である。精神がそのまま肉体に表れている。
彼の舞踏は、正直、「理解」ができない。
恐らく「理解」などできなくて良いのだ。
技術的に素晴らしいとか、美しい踊りであるとか…そういった言葉は最もふさわしくないし、
その踊りを様々に解釈して分かったような気になってもみたくなるが、
そんな解釈などはすっ飛んでしまうような踊りなのだ。
他人に見せる為に踊っているというより、感情がそのまま身体に表れてしまったという感じだ。
椅子の上での、床の上での彼の踊りは、まるで胎児のようだった。
指先から足の先まで、剥き出しにされた人間の姿だ。
魂に響いてくる踊り、それが大野一雄の舞踏だ。
喜びや希望といった陽の感情と同時に、
怒り、死、絶望といった陰の感情(状態)が表現される。
だからこそ、自分の隠している部分を曝け出されたような昂奮を覚え、
魂が共鳴するのかもしれない。
織部賞授賞式会場での大野一雄の踊りは、自然と涙がこぼれた。
余計なナレーションや字幕がない為、大野一雄を大野一雄として観る事ができた。
私にとってはとても幸福な100分だった。
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