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2000年
監督・脚本:キム・ギドク
音楽:チョン・サンユン
出演:チュ・ジンモ、キム・ジナ、イ・ジェラク、ソン・ミンソク、キム・ギヨン、ミョン・スンミ
ソン・ジョンファン
★★★
(あらすじ)
「私」(チュ・ジンモ)は公園で肖像画を描く画家だ。近くの公衆電話を盗聴し、他人の会話を盗み聞き
することが唯一の趣味であり、私と世界のつながりだ。ある日、私の絵を上手いと誉めた少女(キム・ジナ)に誘われるがまま、ついていくと、そこは演劇の舞台のような空間で、激しい怒りにあふれた男がいた。男は、私を挑発する。なぜお前をコケにした連中に怒りをぶつけないのか、と。そして謎めいた少女は私をデジタルカメラで撮影しはじめる。
私に隠れて他の男とセックスを楽しんでいる花屋で働く恋人。私を利用しつつも、私の絵を侮辱しているカメラマン。私に理由のない暴力をふるった軍隊時代の上官。私は、自分の中に潜んでいた暴力性を露わにして、次々と彼らを殺していくのだが…。(パンフレットより)
35ミリカメラ8台、デジカメ10台、撮影時間わずか3時間20分。
「魚と寝る女」と「受取人不明」の間に製作された、好き嫌いの最も分かれる作品、らしい。
私が劇場で観ていた時、1人の妊婦さんが途中退席した。
始まって30分くらいだったかな…。
いや、勿論作品が悪いからではなくて他の理由なのかもしれないが、
退席して正解だったな〜…と思う、そんな作品。
作品が悪いという意味ではなく、妊婦さんは観ない方が良いんじゃないかな…と。(私は全く平気です)
なにしろ、次々と人を殺していく、そんな話ですから。
しかも、なにかストーリーのようなものがあって、
その中で“もう耐えられない!殺してやる!”となり、最終的に殺人に至る、というわけではなく、
公園で肖像画を描いているくら〜い男が、演劇空間で怒りを誘発されて、
突如恨みのある人間に次々襲いかかる、というちょっと感情移入しにくい形で殺人が始まるのです。
その殺し方も、ギドクっぽい痛みを伴うもの、というよりも、
妙に生々しくて痛い、ただ単に痛い、そんな感じかな。
“ギドクっぽい痛みを伴うもの”というのは、飽くまでも私の観方ですが、
他のギドク作品の痛い場面には、一種の美学のようなものを感じたのですね。
それが今回は感じられなかったかなー…と。
ピストルで撃つ、鉛筆で刺す、毒蛇を詰めた袋に頭を押し込む、大型冷凍庫に閉じ込める、などなど。
殺害方法もそうですが、35ミリカメラで撮影というのも、生々しさを強調しているのかもしれない。
ある男の殺人現場をこっそり撮っているような、そんな感じ。
始まって10分くらいあるのかな?公園で肖像画を描くシーンは…
これも隠し撮りみたいな感じで、リアルです。
でも、もしこの公園のシーンが延々と続いて終わったらどうしよう…という不安もありました(笑)
少女に誘われて演劇空間へ。
「この女とセックスしたいんだろう?」という男の質問に、首を横に振る「私」。
すると男は、「私」のズボンをおろし、少女を目の前にして「私」の性器を弄る。
男はこの行為によって「私」の怒りを爆発させようとしているようだ。
案の定「私」はどんどんと怒りを爆発させる。そして殺人へと向かうのだが…
一体この演劇空間はなんなのだろうか。
後になって考えてみると、「私」の頭の中の葛藤、なんじゃないかと。
あの男は、謂わば「私」の分身。代弁者、といったところか。
そんな2人の「私」が頭の中にはいる。そして現実の自分は表わせない怒りを表出させている。
もしかしたら、現実に殺人を犯してしまう人間というのは、こういうやり取りを頭の中で行っていて
自分の犯罪を正当化させているのかもしれない。
この「私」の殺人が、もし現実の出来事として終わっていたら、
私はこの作品、??と感じていたと思う。それどころか、“ただの殺人映像じゃん”と嫌悪感すら
抱いていたかもしれない。
だが、「私」が公園に戻ると、初めに殺したはずの女が!そしてヤクザ達もいる!
この一連の殺人が、「私」の想像だったのだと分かる。
そして、ヤクザに虐げられていたぬいぐるみ売りの男が、公園でヤクザを刺してしまう、という場面が
展開される。うん、この殺人こそ、よくありがちな突発的な行動だ。
演劇空間(自分の頭の中)によって怒りを爆発させたが、大抵はその行動を実際にするのではなく、
頭の中で想像するだけで終わらせてしまうものなのだ。
我々は、「私」の頭の中を見せられていたことになる(笑)
そしてラスト。エンドクレジットが始まると“カーット!!”と言ってスタッフや出演者が出てくる。
花束が手渡され、恐らく韓国語で“お疲れ様でした”などと言われているのだろう…。
あれ、この終り方ってどこかで似たような…そうだ!「蒲田行進曲」だ!
「私」の頭の中を見せられていた私達なのだが、最後に、これは飽くまでも虚構ですよ、
ということを突きつけられて…うう、頭がこんがらがってくる。
しかし、「リアル・フィクション」という通り、これはとても現実的な虚構世界だった。
リアルというのは35ミリ撮影の映像もそうだし、あの殺人が頭の中の想像だったということも、そう。
我々の頭の中には少なからずこのような虚構世界が広がっているに違いない。
そして「私」が頭の中で展開したように、我々の頭の中の虚構世界も理不尽な怒りによって
誰かを殺したり殴ったりしているのかもしれない。
このからくりがあったお蔭で、嫌悪感もなく観終えることができた。
あの退席した妊婦さんも最後まで観ていたらスッキリしたかもしれないが…
う〜ん、やっぱり途中の大量殺人シーンはやめといた方が良いですね。
無口で目をギラギラさせて、次々と手際良く(ホント、手際が良い)殺人を犯すチュ・ジンモは
不気味です。怖いです。
実際いくら虚構世界でも、ここまで考えているとしたら怖いですね(笑)
人間、感情表現を豊かにすることが大事だなーと思いました。溜めてはいけまっせん!
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