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馬秀のすけのブログ
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2016年01月03日(日)


浜松北高校交差点の北に


 『本多肥後守忠真碑』


 て、誰やねん?
本多忠勝のおじさんで、三方ヶ原合戦でしんがりをつとめ討死したそうです
猛将で忠勝の命を救ったこともあるとか?

その横に
『犀ヶ崖資料館』


 お正月は休館でした。
資料ほしかったのに、残念!

『犀ヶ崖の痕跡』


 三方ヶ原合戦で負けた家康、一旦浜松城に逃げ帰るが
夜にここで武田軍を急襲!
三河武士の面目躍如した…。



 さいが崖バス停の横に

 『夏目次郎左衛門吉信の碑』


 て、またまた誰やねん?
夏目といえば、夏目漱石しか知らんわ

三方ヶ原合戦で家康の身代わりとなって討死した人です。

気になるので調べたら、
な、な、なんと!
夏目漱石の遠祖になるそうです。

びっくりポンや!


再び南下し美術館から西へ向かう
ややこしい住宅街を進むと


 『西来禅院』


 家康の正室築山御前の廟所。
築山御前、
NHK大河ドラマで誰か忘れたけど、綺麗な女優さんが演じてましたな。




『宗源院』


 今川氏の庇護をうけた寺。
家康はここで弓の稽古に励んだ

家康の身代わりとして戦死した成瀬藤臓正義の墓もある。
身代わりさん、いろいろいますね

『三謡公園』


 昔、大鱸谷(すずきたに)と呼ばれ、谷に向かう道を「うとう坂」「歌う坂」と呼ばれた
池があり、鱸という怪魚が住みみな恐がったそうな。

謡うはわかるが、なんで三なのか?
この地域、三が好きやね!

浜松は三方原の先端部に位置し、
とにかく起伏が多い


 タモリさんに言わせれば段差が多い
谷地形がいくつもあるようで、
隣の団地にいくのにものすごい坂を登ったり下りたり
脚が完全にやられてしまった

浜松城は平地の城だから、楽やと思ってなめてました。

ほうほうのていで
『浜松市博物館』到着


 だが、年末年始休館中!


 ありゃま!

『蜆塚公園』


 縄文時代後期から晩期(約3000〜4000年前)の蜆塚遺跡及び貝塚がある。
谷あいあった集落の遺跡です。

実は40年前、学生時代に卒業旅行で来ました。
思い出の地なのですが、
全く記憶から消え去ってる
当時の面影というか、イメージが浮かんでこない


 蜆塚の前で記念撮影したその蜆塚が見られない

がっくりポンでした…。

そして、いよいよ最後、
浜松医療センターバス停の前の駐車場横に


 『史跡 太刀洗池』
家康の正室築山御前を斬った血刀をこの池で洗った

水が湧く大きな池だと思い込んでた。
しかし、探せど探せどどこにもないので佐鳴湖まで行かねばならないか、と憂うつになりかけた。
念のため散歩してるおじさんに聞いたら、あのバス停の前や
と教えてくれて大いに助かりました


 ここ以外にも四人に道を尋ねた。
なかには家に帰って大きな地図取ってくると言ってくれた人もいました
時間が無いので丁重にお断りしたが、ホントに申し訳ないことをしました。

浜松市民の方々、ありがとうございました。
おかげで無事、探索できて当日中に帰ることができました。



以上、今年初の探訪報告おわり!



Φ(*^ひ^*)Φ
ひこにゃん宛の年賀状、今年も14000通を超えました


あいかわらず人気高いですな!

今月中までに届いた年賀状にはひこにゃんから彦根城入場券代わりの返信ハガキが来ます
ハガキ余ってたら送ってみてはいかがかな?

Φ《#^ひ^♯》Φ
彦根市民はマイナンバーの個人カードを作れば10年間無料で彦根城・博物館に入場できるそうです

つくろうかな?


β《#^ひ^#》でヒヒーン


2016年01月03日(日)

遠州病院駅


 駅駐輪場横に
『徳川秀忠公誕生の井戸』


 2代将軍秀忠の母は家康の側室西郷の局。
この近くで生まれたようです


『浜松八幡宮』


 938年に浜の松がここに植えられ浜松と呼ばれるようになったとか?

八幡太郎義家が陸奥に出陣の際、武運を祈願した神社、
浜松に来た家康はこの故事を知り、この神社を氏神にしたという。

源氏にこだわった家康ならではですな

1527年、三方原合戦に敗れた家康は天林寺に入り和尚の案内でこの八幡宮に逃れ楠の洞窟で潜んだ。


 で、こちらが
『天林寺』


 実はこの寺は予定になく、
道に迷ってたまたま行きついた寺がこの天林寺でした。
これもご縁ですな。

本来の目的地がこちら、


『元城町東照宮』



 家康が最初に居城とした「引間城」がここにあった。
元城、古城と呼ばれる。


 現在の浜松城築城後も北の護りとして機能したようです

引間は本来、曳馬。
馬を曳く→戦いに敗れる、という縁起の悪い名前なので八幡宮にちなみ浜松に変更したとか?

馬年生まれの我が輩としては曳馬のほうがいいのですが…。

境内に家康とともに秀吉像がある。


 武士をめざす秀吉は16歳の時、浜松の豪族松下氏に出会い引間城に来た。
宴会で、猿の物真似をして栗を食べたのが気に入られ18歳まで浜松で奉公したとか?

だから秀吉はサルと呼ばれるようになったのかな?



境内から浜松城を眺める


  


その浜松城へ移動、
浜松城の南側に
『鎧掛松』


 三方原合戦での帰りにここの松に家康が鎧を掛けたという。

全然関係ないけど、
昔、父が大事にしてる松の木の枝に濡れた靴を乾かすために掛けたら、
えらい怒られた!

浜松城の西を北上し、浜松北高校交差点横に
『三社神社』


 天照大神・天児屋根命・誉田別命の三神を祭る
1338年、宗良親王が井伊谷に入るときに立ち寄り祈願した。
元亀3年、三方原合戦で全焼。
後に城主太田備後守により再建された。

なんか、3にちなむ神社ですな。

思いがけず井伊家関連の史跡に出くわして嬉しかった


近くのコンビニでパンを買い、この境内で食べた。

いや実は浜松城周囲に食べ物屋が無かったのです

鰻屋さん、

うなぎパイ屋さん、

浜松城公園に出店してくれ!

続く


Φ(*^ひ^*)Φ
昨日のNHK歴史秘話

「真田丸」は丸じゃなくて真田四角と言ってましたね
びっくりポンや!

昨年の秋に真田丸関連の史跡歩いたが、
もう一度歩き直さないかんな

というか、途中で寝てしまったので
再放送希望!


β《#^ひ^#》でヒヒーン


【浜松城】本年初訪城

2016年01月03日(日)

弟が来て、青春18切符の使いさしを譲り受けた。

初めての18切符なのでドキドキしたが、
難なく使えましたよ。

で、日帰りで適当な所はないかと考えて
浜松城に行くことにした。

10時44分、浜松駅


 ゆるキャラ『家康くん』がお出迎え


 早くも女城主井伊直虎ゆかりの地をアピールしてます

12時12分、浜松城到着


 駅から歩いて20分くらいで行けるが、
いろいろ史跡を回ってるうちに道に迷い90分もかかってしまった

あわよくば掛川城にも、と思ってたが、この時点で諦めました

天守曲輪の南下の「清水曲輪」付近


 発掘調査したようです

一段高い位置に「天守曲輪」
下がった通路側が「本丸」


 天守曲輪と本丸が分かれて独立してるのは全国的にも少ない

石垣は野面積み、


 長方形というか扁平な石を多用してる。
現在の石垣は家康築城時ではなく、堀尾吉晴の時期以降だという。

天守門脇の石垣にさ大きな鏡石が配置されてるが、これも直線的な加工のない自然石ですね。


 隅は算木積みのように見えるが、説明板によると完全な算木積みでは無いと書いてある


天守門をくぐった。


 復元の門です。
桝形になってます


 門の上の櫓には天守と共通券200円で中に入れます

鬼瓦に『井』の文字。


 井伊家の井と思いたくなるが、
浜松城最後の城主井上家の井です


天守の手前に附櫓台がある。

ここが出入口

 天守台の石垣は上半部に四角い石も多く、


 下半部との違いが見える
石材は浜名湖北岸の珪石で浜名湖、佐鳴湖の水運を利用して運ばれたらしい。
天守の詳細は不明なので、堀尾吉晴の松江城を模して昭和33年に復元された。
内部は資料館です。

中に入りました。


 最上階の展望に感動した。

現在の景色に城の縄張りが描かれてる

これはわかりやすい!

東側、


 今日は富士山見えません
本丸、二の丸、引馬城の配置がよくわかりります

西側、浜名湖方面


 下に「八幡台」が見える


 天守台より高い位置で、
搦め手を守る附櫓があったとか?

南側、


 市役所付近に大手門、
東西に東海道。浜名宿場。

北側、


 三方原古戦場、犀ヶ崖


天守は短期間で消滅し、以後一度も建てられてない
詳細もわかってないので、この再建天守は偽物ですが、
城下を見渡せるという点では素晴らしいと思います

来て良かった!


 天守曲輪の下を巡ると


 天守曲輪南側の石垣、


 屏風折れがいいですね

「本丸」


 家康公像がある


 「二の丸」


 現在は市役所、小学校。

江戸時代は二の丸が藩の中心部でした


この後、城周辺の家康関連史跡を巡ります


 


続く


Φ(*^ひ^*)Φ

帰り、豊橋駅から大垣行き電車に乗った
大垣駅で一緒に降りたアジア系外人2人が、我が輩を呼び寄せて

時刻表を指さす
「18時40発豊橋行き」

反対側のホームに豊橋行きが停まってるので
指さしてアレに乗れ、と言ったら
『ギフ』と言う
岐阜で降りるつもりだったが、乗り越してしまったのかな?

岐阜にはどの電車も停まるからあの電車に乗れ、
と言ったが、乗る気無し。

結局、この二人は我が輩と同じく次の米原行きに乗り、米原から姫路行きに乗った

いったいどこへ行きたいんや?

しかし、どこ行ってもホンマに外人多いわ


β《#^ひ^#》でヒヒーン


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