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羽黒山その3


2016年04月29日(金)祝日、
羽越旅二日目

10時02分、
これより『三の坂』

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 頂上まであと少し、
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 坂はきつくなる


『埴山姫神社』はにやまひめじんじゃ

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画像はピンボケ。
縁結びの神様で、パワースポットとして注目されて
格子に願いのためのいろんなものが吊り下げられてる

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 左『尾崎神社』
右『八幡神社』

『旧圓珠院跡』

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 羽黒山講堂がありました

『羽黒山斎館』

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 旧華厳院、現在はお食事処、宿坊のようです。
両方とも予約必要。

10時21分、鳥居が見えてきました

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 ようやく頂上です
麓の随身門から約1時間40分かかりました
南谷に寄らなければ約一時間ちょっとかな?

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鳥居の額には「羽黒山」と書いてある

これより山頂付近
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『蜂子社』はちこしゃ

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 出羽三山開祖の蜂子皇子を祀る。
第32代崇峻天皇の皇子で、593年荘内由良港に上陸、
三本足のカラスに導かれて三山を開いた。
皇子の修行が羽黒修験道に発展したそうな。

『三神合祭殿』国重文

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 月山神社・湯殿山神社・出羽神社の三神を祭る。
ここで参拝すれば3つ参拝したことになる?


屋根の萱葺替工事のため足場が組まれてます

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 正面全体見られなくて
ウ〜ン残念…。

横の参集殿でちょいと休憩。

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 こちらの内部から合祭殿に入った。
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鈴のお守り買いました。

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 『鐘櫓』国重文
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 元和四年、最上家信の寄進で再建された。
鐘は建治元年(1275)の銘があり、古さと大きさは最古級だとか?


ちなみに最上家信は山形藩二代目藩主、藩内を統率できず最上騒動で改易、近江大森1万石→5千石の旗本になった人です。
無念だったろうね。

大森藩は今、東近江市に石碑が残るのみ。

最上踊りは大森地区で継承されてます。


目の前に

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『鏡池』
正式には御手洗池(みたらしのいけ)、
池の中に古鏡が多数埋納されてたので鏡池と呼ばれる
鏡は平安時代から江戸時代まで各時代のものがありずっと信仰されてきた証拠となり、出羽三山歴史博物館に190面保存されてます。

池の反対側から合祭殿を見る

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 工事中なのが残念

芭蕉像がある

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 芭蕉はこの後、月山→湯殿山へ登ってます。
超人ですな、まさに忍者や!


『天宥社』

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 羽黒山中興の祖、天宥法印を祀る
25歳の若さで別当に就き、上野寛永寺天海僧正に師事して
戦国動乱で衰退していた羽黒山を盛りかえした。
ただ、晩年は反対派に弾圧されて伊豆新島に島流しの身となって島で没した。

『羽黒山東照宮』

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葵の御紋が輝いてますね。
天宥法印が勧請したとか?
当時、出羽三山は真言宗でした。
しかし、上野寛永寺が天台宗なので天宥法印は出羽三山を天台宗にしょうとして対立、結局敗れました。

『出羽三山歴史博物館』300円

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 入ったら係員が、リュックと杖を預かってくれました。
えらい親切やな、と思ったら、
杖でガラスケースや収蔵品を壊されるのが心配だったらしい。
我が輩は不審人物か?

重文の銅鏡・太刀、
直江山城守の祈願状、芭蕉の手簡、

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 などが展示されてました


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 9つの神社が並んでます。
白いのは残雪、
まさか、初夏に雪を見るとは!
月山や湯殿山は雪いっぱいかも?

こちらの神社は下駄がずらりと並んでる。

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履き物の神様かな?


11時23分、山頂バス停。

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 出発まで半時間ほどあるので
バス停横の店で土産を買い、
だんごと餅を買ってバスの中で食べた。

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 これが、本日の昼食となりました…。

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午後は鶴岡市内を探訪します

続く

Φ(*^ひ^*)Φ
ようやく風邪も峠を越えた!


次の峠越えは栃ノ木峠越えや…。


β《#^ひ^#》でヒヒーン

羽黒山その2

2016年04月29日(金)祝日、
羽黒山を登ってます

『爺杉』天然記念物

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 高さ48.3m。樹齢1000年以上。
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 山内随一の巨木

08時56分、『五重塔』国宝

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こちらも掃除されてます。


 1050年前、平将門が建立したと伝わる。
ホンマかいな?
約600年前、庄内領主で羽黒山別当の武藤氏が再建、
慶長13年最上義光が修造した。
東北地方最古最優秀の塔だとか?

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 極彩色じゃないのがナイスです

長い石段、急斜面ではないので足はそんなに疲れない

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 『一の坂』
これより杉並木

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 09時09分、『火石』

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 下界は霧の中…。

09時15分、『二の坂』

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 これより勾配がきつくなる。
別名、油溢し(あぶらこぼし)。
武蔵坊弁慶があまりの勾配に奉納する油をこぼしてしまったとか?

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 この辺まで来ると雨がやみました
木が傘変わりになってたのかも?

『名物力餅二の坂茶屋』

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 今日は参拝者のためじゃなくて
地元の奉仕作業をしてる人達の休憩所になってました…。


『芭蕉塚』

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 三日月塚、とも言う。

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 少し行くと分岐がある。
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この看板を右に行くと
『南谷』
芭蕉が6日間ここに逗留した。
片道15分なので、寄り道することにした。

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入口は石段があるが、途中から地道だけになり
前日来の雨でぬかるみ状態、

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 歩きにくくて靴が泥々になった

これより南谷の中心部です

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 紫苑寺(しおんじ)という豪華絢爛の大寺院があり
迎賓館の機能を果たすようになった

その後、荒廃し明治の神仏分離で全て壊された

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 今は何もない広場
紅葉の時期は素晴らしいと思いますね。

芭蕉句碑

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 「有難や雪をかをらす南谷」
かをらす→香らす
で、かおり風景百選になってるそうな。
芭蕉が訪れた時期は真夏、蒸し暑かったと思う。
しかし、南谷の冷気が雪のような香りに思えて有難い
という心境になったのかも?
でも、雪は冬の季語じゃないの?
ま、細かいことは気にしない…。

ちょいとあずまやで休憩

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 心字池を眺めました
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 雨音がポツポツとする中、
誰もいない深山幽谷の場所に一人でいると
仙人になった気分になります

そこで、
我が輩も一句
「有難や誰もいない南谷」

さらにもう一句、
「古池やかわず驚く水の音」

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 頻尿の我が輩、今回の旅で一番悩んだのがトイレ、
誰もいないとある意味好都合…。

というか、季語がないぞ!


10時02分、再び分岐点に戻りました

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Φ(*^ひ^*)Φ

風邪をひいて二週目に突入。
このためブログアップ停滞中なり。
例年完治するまで1ヶ月かかる。

秋の行楽シーズンに風邪ひくなんて

残念きわまりない

β《#^ひ^#》でヒヒーン



羽黒山その1

2016年04月29日(金)祝日、

羽越旅、二日目はまるごと一日鶴岡市内探訪。
前日のようにあっちこっち行ったり来たりしません。

駅前のホテル07時30分、チェックアウト。
鶴岡駅のコインロッカーに荷物預けて
駅前バス停2番乗り場へ移動。
時刻表はネットで調査済だが、念のためにバス停で前夜に確認しておいた。

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 これ大事!
ネットはあてにならない。

天気は今日も雨、
祝日だが、駅前閑散…。

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 07時52分始発、羽黒山頂行きのバスに乗りました。

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 乗車4名、
一人、途中下車

残り3名(我が輩含めて)。

鳥居が見えてきた

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 昔の人はこの参道をひたすら歩いたのです。

我が輩も歩く予定だったが、雨激しいので予定変更して山頂までバスで行くことに決めました
雨だから仕方ない。


08時35分、
「随身門バス停」

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 麓の登山口です。
中年カップルが降りました。
雨のなか、歩いて登るようです。

つられて、とっさに我が輩も降りました!

やっぱり予定通り歩いて登ることにした。
歩かなくちゃご利益ない

よく気が変わる我が輩です…。

「出羽三山神社鳥居」

カッパ着て傘さしていざ登山開始!

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 出羽三山は1984mの月山、1504mの湯殿山、
そして414mの羽黒山。

1000mを超えるような高い山はとても無理、
で、今回は羽黒山登頂をめざす

「奥の細道芭蕉来訪の地」

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 6月3日(7月19日)、
芭蕉はお山のしきたりに従って白装束姿になった。
白装束は死装束とともに産着でもある、
羽黒山は現世、月山は過去世で死語の世界を見る、
最後に湯殿山で未来世界を見る。
芭蕉は月山山頂で一夜をあかし月をながめたそうです。


『随身門』

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 本来は仁王門だったが、明治の神仏分離で随身門に変わった。
元禄年間、秋田矢島藩主の寄進。
矢島藩主といえば、讃岐高松城を築いた生駒氏、お家騒動で改易となり旗本として出羽本荘に領地を得た。
矢島陣屋にも行きたかったが、日程の都合上断念しました。

中に安置されてるのは随身像、

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 本来は仁王尊でした。

これより2446の石段を登ります。

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 雨の石段は滑りやすい

『継子坂』

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 地元の人が参拝道を大掃除してます。
聞くと、一年に一回みんなで掃除してるそうで
たまたま今日がその日に当たった。

あなたは、掃き清めた道を歩ける第一号ですよ!

と言ってくれた。

感謝です。

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 神社が4つ固まってる
道は折れ曲がる

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 一行はバスで一緒だった中年カップルと我が輩だけ。

8時49分、『神橋』

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 祓川にかかる。
すぐ横に
『須賀の滝』

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 ここで身を清めます
我が輩は雨で濡れてるので清めなくてもよい…。

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 その2に続く


Φ(*^ひ^*)Φ
イッキに冷え込み、
毛布出してきた。
いよいよ秋本番ですな。

β《#^ひ^#》でヒヒーン

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