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界の古代年表(4)

甲斐国司年表2



○大同4年(809)この頃【『類聚国史』】

◆甲斐守…安部真勝。従五位下。



☆嵯峨天皇、在位(809〜823)



○弘仁3年(812)1月12日【『日本後記』】

◆甲斐守…藤原真川。従五位下。補任。



○弘仁6年(815)【『平安遺文』】

◆甲斐守…藤原真川。在任。   

…この年、甲斐国などに空海が書状を送り、真言宗布教を協力を要請する。甲斐国には安

行を遣わし甲斐守真川に要請する。



○弘仁8年(817)5月【『続日本後記』】

◆甲斐守…文室秋津。従五位下。補任。



○弘仁9年(818)【『文華秀麗集』】

◆甲斐掾…藤原(名欠)

…この年、勅撰漢詩集『文華秀麗集』が完成し、甲斐掾藤原らのために巨勢識人が作った

餞別の詩が収められる。   



〓弘仁11年(820)【『弘仁式』】

…主税式…広仁式が撰上、甲斐国の貢馬・駅馬などに関する規定がなされる。

…この年、甲斐・武蔵・信濃・上野四カ国の貢馬が上京する路地で支給される飼秣の量が

『弘仁式』に定められる。



○弘仁13年(822)12月19日【『公卿』】

…甲斐守…文室秋津。補任。



☆淳和天皇、在位(823〜833)



〓弘仁14年(823)9月24日【『日本記略』】

…信濃国の御馬が、武徳殿に牽進される。



〓天長3年(826)2月11日

…甲斐・武蔵・信濃・上野四カ国の貢馬使の構成・定数が定められる。



○天長4年(827)10月15日【『類聚三代格』】

…甲斐国…牧監を置く。(太政官符)

…太政官符…定諸国貢上御馬騎士数事。

…右得美濃国解稱。件騎士等其数不同。或騎士已衆。牧長又従。或馬醫両人。居飼相添。

望請折中彼此。以定限数。謹請處分者。左大臣宣。依請者。 信濃、上野、両国各牧牧監

一人。甲斐武蔵両国各主當一人。馬醫毎国一人。但、騎士者率馬六疋充一人。



○不詳

◆暦甲斐守…安部真勝,卒。



○天長4年(827)10月19日【『日本紀略』】

…節婦表彰…甲斐国の人上村上万女(かみのよろずめ)が節婦表彰。



○天長8年(831)2月9日【『類聚国史』】

…甲斐国…居住する蝦夷吉弥侯部三気麻呂ら二世帯が駿河国に移住させられる。



☆仁明天皇、在位(833〜850)



○天長10年(833)3月24日【『続日本後紀』】

…甲斐守…藤原貞雄。従五位下。補任。



○天長10年(833)5月11日【『続日本後紀』】

…相撲人…甲斐等十二国に相撲人の貢進が命じられる。



○承和2年(835)1月6日【『続日本後紀』】 …空海…空海奏上、東寺施入官家功徳料千戸のうち、甲斐五十戸を割って僧侶の用充が認

められる。



○承和2年(835)3月14日【『続日本後紀』】

…甲斐不動倉…甲斐国の不動倉二宇、器仗屋一宇の全焼を報告。



承和2年(835)4月【『続日本後紀』】

…葛原親王…賜地、甲斐国巨摩郡郡馬相野空閑地五百町賜一品式部卿葛原親王。

《筆註》…葛原親王…延暦5年(786)〜仁寿3年(853)。葛原親王への賜地につ

いては『続日本記』に記してあり、この年次周辺では「賜地」の記事が多く見られる。

(後述)葛原親王に関わる記事は二件である。



☆嵯峨天皇の御代、

○弘仁1年(810)10月【『続日本後紀』】

…長野牧…上野国利根郡長野牧賜三品葛原親王。

☆仁明天皇の御代

○承和2年(835)4月 

…馬相野…甲斐国巨摩郡郡馬相野空閑地五百町賜一品式部卿葛原親王。

《筆註》…馬相野空閑地の五百町については諸論があるなかで、「有野」〔現在の南アル

プス市有野(旧白根町有野)〕に比定を急ぐ向きもあるが、有効な史料を持たない地名比

定の議論は推説や私説の範疇であり、定説とは成り得ない。



○承和5年(838)7月【『続日本後紀』】

…噴火…甲斐など十六か国に灰のような物が降ったとが相次いで報告される。



○承和6年(839)1月11日【『続日本後紀』】

◆甲斐守…藤原伊勢雄 従五位下。補任。



○承和9年(842)6月3日【『続日本後紀』】

◆甲斐目…飯高浜水。従五位下。

…甲斐目飯高浜水など、伊勢国の飯高公の一族二十七人が、飯高朝臣の姓を与えられ、左

京三条に本籍を移す。



○承和10年(843)1月12日【『続日本後紀』】

◆甲斐守… 橘時枝。補任。



○承和10年(843)5月14日【『続日本後紀』】

…節婦表彰…甲斐国山梨郡の人、伴富成の娘節婦表彰を受ける。



☆文徳天皇、在位(850〜858)   



○仁寿1年(851)1月11日【『文実』・『古今』】

◆甲斐守…小野貞樹。補任。



○仁寿2年(852)2月22日【『三格』】

◆甲斐目…小野貞樹。在任。小野貞樹の解により、目一員が増員。

…太政官符…応(まさ)に甲斐国に目一員を加え置くべきの事。

…右彼の国守従五位下小野朝臣貞樹の解を得るにいわく、周防・阿波等の上国皆大小の目

あり。しかるに此の国に至りては唯一人を置く。衆務斯れ多く、事に従うの人少なし。望

み請らくは、彼の両国に準え件の官員を加えむことを。慎みて官裁を請うてへれば、右大

臣宜す。勅を奉るに、請によれ。



○仁寿3年(853)10月16日【『古今和歌集』】

◆甲斐守…小野貞樹。従五位下。補任。

…かひのかみに侍ける時京へまかりのぼりける人につかはしけりを をのゝさだき

……都人いかにととはゝ山たかみはれぬ雲井にわぶろこたえよ

《参考》小野貞樹、貞観二年(860)に肥後守になる。

○斉衡2年(855)1月7日【『文徳実録』】

◆甲斐守…小野貞樹。従五位下。在任。



○天安1年(857)1月14日【『文徳実録』】

◆甲斐守…紀貞守。従五位下。補任。



☆清和天皇、在位(858〜876)



○天安2年(この頃)【『走湯山縁起』】

◆不詳…麻績(不詳)

…竹生賢安…甲斐国八代郡の人、竹生賢安(たけいのけんあん)が、甲斐国に赴任していた

麻績(不詳)と共に走湯権現の霊験を得て、本地仏千手観音像や仏堂の造営に尽力し出家し

て竹生賢安と称する。



○貞観2年(860)1月16日【『三代実録』】

◆甲斐守…佐伯真利。従五位下。補任。散位。  



○貞観2年(860)5月5日【『三代実録』】

…富士山…駿河国より富士山に五色の雲が現れたと報告。



○貞観4年(862)6月5日【『三代実録』】

◆甲斐守…橘末茂。従五位下。中務少輔

…以中務少輔従五位下橘朝臣末茂為甲斐守。 


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