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滋賀県湖西発鉄道浪漫発信局
お知らせ:「近キト117系編成図」の「S2編成」と「近キト113系編成図 L編成」の「C10編成」の項を一部更新しました。

書庫2013年夏の大旅行

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先に1〜36をご覧ください


イメージ 1
大宮駅から普通に乗り車両基地のある尾久へ。
24系客車やボロボロになっていたマヤ34が見れました。

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「ゆとり(元:サロンエクスプレス東京)」の14系客車も見れました^^

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一旦下車してホームから基地を見てみました。
211系や651系が留置されていました。
651系はこの時初めて実物を見ました。

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発車前の「北斗星」も

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駅名板も忘れず撮影〜

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車内から651系を撮影してみました^^
まさかこの時は「あかぎ」に転用されるとは思いもしませんでした^^;

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E231系
上野駅に到着!

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上野から山手線に乗り換えて秋葉原に到着!
降りるのは初めてです^^

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秋葉原では色々な店を回りました^^

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秋葉原で観光をし、東京駅へ
東京駅の地下でお土産を購入し、友人とも別れ新幹線ホームへ

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N700系2000番台X38編成
帰りの「のぞみ」が来るまで少し撮影をしました。
関西でも見れるN700系ですが・・
この時初めてN700A化された2000番台に遭遇できました^^

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Aが付け足されたマークを撮影〜

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東京駅にはホームドアが付けられているんですね〜。
東海道山陽新幹線でホームドアがある駅は少ないですよね・・。

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この「のぞみ265号」に乗車します。
関西方面に行く最終の列車でした^^;

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「のぞみ」に乗るのは何年ぶりでしょうか(汗

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約2時間で京都駅に到着。
やっぱり新幹線は便利ですね〜。

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在来線ホームに行くと、お馴染みの103系がお出迎え。
関西に帰ってきたと思いました(笑

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関西圏はダイヤが崩壊していました^^;
物凄い出迎えです。

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本当は湖西線の最終に乗車する予定でしたが・・・
最終の1本前の普通が遅れていたため運良く乗車できました。

この普通に乗車し、7日間の旅を終えました。


★以上で「2013年夏の東日本大旅行」を終わります。
夏の話が年越しまで続いてしまい、申し訳ございませんでした。
大変長くなりましたが最後までご覧いただき、ありがとうございました。

先に1〜35をご覧ください


イメージ 1
屋上へ行ってみました^^
ミニ列車は下からは色々と少し撮りにくかったので、上から撮ってみました。

イメージ 2
E4系
屋上から新幹線が撮影できるのは良いですね^^

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ニューシャトルも撮影できました^^
鉄道博物館のラッピングの2000系が来ました。

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E2系
最後にE2系を撮影し、鉄道博物館を出ました。

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大宮駅に向かうニューシャトルの車内から湘南色の185系のサロを発見しました^^
このあと廃車回送されたんですよね〜・・。

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帰りは赤い1000系でした。

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253系
大宮駅から秋葉原に向かうことにしたのですが・・
その前に大宮駅で少し撮影することにしました。

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E233系1000番台

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E231系

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E233系3000番台

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EH500牽引貨物列車

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撮影をしていると・・野田線ホームに8111Fが来ました!
スカイツリー関連の臨時列車だった模様です。

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カシオペアをすっかり忘れており・・・
こんな形でしか撮れませんでした^^;

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485系改「ニューなのはな」
ジョイフルトレインの「ニューなのはな」が来ました!
事前に来ることを調べました^^;

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方向幕を撮影〜。

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E233系1000番台
「ニューなのはな」を撮影した後は秋葉原に向かうべく上野へ。


次回・最終回に続く。

先に1〜34をご覧ください


イメージ 1
ナデ6110形
1913年に登場し、主に中央線と山手線で活躍していた車両です。
12両製造され、登場翌年の1914年にデハ6285形に改名されました。
鉄道博物館には製造9両目のデナ6141号車が保存されています。
デナ6110形には阪急電鉄(当時は阪神急行電鉄)に譲渡された車両もいたりします。

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9850形蒸気機関車
交通博物館から引っ越してきた車両の1両ですね。
ドイツから輸入された機関車で主に東海道線の箱根峠越え(山北〜沼津)区間などで活躍しました。
鉄道博物館の9856号は日本で唯一残存するマレー式蒸気機関車です。

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ハニフ1(デ963形)
国電の祖である甲武鉄道の電車の1つであるデ963形の生き残り・968号です。
松本電鉄で客車化された姿のまま展示されていますが、大変貴重な車両です。
デ963形の姿に復元する話もあるそうですが・・まだ検討段階だそうです。

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1290形蒸気機関車
鉄道建設用にイギリスから輸入された機関車です。輸入された3両のうち2両は官設鉄道で使われましたが、鉄道博物館の1292号は新橋工場で組み立てられたあと日本鉄道に引き渡されました。
埼玉県の善光寺付近まで船で運ばれ陸揚げされたことから「善光号」という愛称が付いたそうです。
当時は甲1という形式でしたが、日本鉄道の国有化で1292号になりました。

ちなみに元から官設鉄道籍の2両は各地を転々としていたそうで、関西圏でなら阪神間の建設、敦賀〜長浜間の建設、現在のJR琵琶湖線に当たる湖東線建設の際に活躍しました。

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オハ31形
国鉄初の鋼製車体客車の形式郡・オハ31系客車の1形式で、1927年に登場しました。
登場時はオハ44400形という形式でした。512両が製造されました。
鉄道博物館のオハ31 26は津軽鉄道に譲渡された車両です。

鉄道模型のKATOが日本初のNゲージとしてC50形と共に製品化したのがオハ31形です。

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マイテ39形
1930年に落成した客車で、登場時はスイテ37011という形式でした。
超特急「燕」や戦後初の特急「平和」、戦後の「つばめ」にも使用されました。
マイテ39形は青大将色になった展望車の1つですが、鉄道博物館の11は予備車扱いとなり青大将色にはならなかったそうです。

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「桃山様式」と呼ばれる内装が特徴です。
各所に飾りがあったりと物凄く豪華ですね〜・・。さすが1等車です。

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C57形蒸気機関車
135号機を間近で撮影〜。
蒸気機関車は迫力があります。

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今回はしていませんが、話題となったSLの運転シュミレーターを見てみました^^
見ることが出来ただけでも良かったです(笑

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200系
ほぼ原型で保存されているのが嬉しいですね^^
車両全体は少し撮りにくかったですが^^;

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ボディマウント構造を近くで見れるように展示されていました。

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転車台の回転実演を2階から見ました。
C57から直接出している汽笛に感動しました。

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回転実演を見た後は資料室に行ってみました。
オリエント急行のHMなど貴重な品々が多々あり驚きました^^;

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関門トンネルの模型です。
最近の姿を模型化した模型ではないですが、結構リアルに作られていました。

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100系新幹線の模型もありました。
しかも窓が小窓の試作編成でした^^;

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1階に降りて鉄道の仕組みなどを体験できるエリアへ
関西では超お馴染みのスカイブルーの103系が車掌体験コーナーに鎮座しておりました。
京葉線で活躍していた車両ですね。戸袋窓が残っている103系は久々に見ました^^;

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ライトが角型に改造された455系もいました。
休憩室として使われているそうですが、非常に撮影しにくい位置に止められていました^^;

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455系を撮影していると、E2系のミニ列車がやって来ました。

イメージ 19
キハ10
博物館の敷地の奥の方にキハ10形が展示されておりました。
この場所に来た時は自分と友人以外誰もいなかったのが驚きでした・・。


次回に続く。

先に1〜33をご覧ください


イメージ 1
DD13-1
DD13は2灯の方が有名ですが、初期型は1灯なんですよね〜。

イメージ 2
40系クモハ40074
40系は1932年の片町線四条畷〜片町間と城東線(現:大阪環状線の東側)電化時に登場した車両です。11年間に約400両以上が製造された形式です。
鉄道博物館で展示されているクモハ40074は東京向けに製造されたグループの1両です。

イメージ 3
キハ41300形キハ41307
この車両の車歴は複雑で、最初は機械式ガソリン気動車キハ41000形の1両・キハ41056として登場し、戦後の1948年に天然ガス動車に改造されキハ41207に形式変更、ディーゼル機関が安定製造されるようになった1952年に機関をディーゼル機関に変更しキハ41307に形式改名、1957年の車輌称号改正でキハ04 8に変更されるもキハ10やキハ20など総括制御ができる新鋭気動車の投入で翌年には廃車となります。廃車後は遠州鉄道、北陸鉄道、関東鉄道、関東鉄道から分離した筑波鉄道と渡り歩き、筑波鉄道で現役から引退しました。
鉄道博物館では1952年のディーゼル機関変更時の姿を再現して保存されています。

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485系
言わずと知れた交直流特急型電車・485系です。
鉄道博物館のクハ481-26は昭和40年の盛岡電化時に「ひばり」「やまびこ」用の1両として登場しました。483系グループの1両です。
後ろのモハ484-61は昭和47年の「やまびこ」増備用の1両として登場しました。

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モハ484-61はパンタ周りも近くで見学できるようになっていました^^
485系好きの自分にはたまりません(笑

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初期の車両で見られる収まるカーテンです。窓の外側にカーテンが入れられる隙間があり、カーテンをしまっても景色を眺める邪魔にならないようになっています。

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181系
こちらも言わずと知れた名車ですね。
クハ181-45は「とき」用の151系の派生型・161系として製造・登場しましたが、1965年に161系も151系と同じく181系に改造されました。
この時、元161系の車両は40番台なりました。なので車番が「45」となっています。
ちなみに元151系の車両は0番台、車種改造された車両は50・60・70番台、元から181系として登場したの車両は100番台となっています。

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455系
クモハ455のトップナンバーです。
455系は1965年に登場したグループで、165系の交直流版ともいえる形式です。
50Hz交流対応が455系、60Hz交流対応が475系となります。
475系の方は今も北陸本線で活躍していますね。
クハは455系・475系共にクハ455で統一されています。

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20系客車
初代ブルートレインの20系です。
20系は交通科学博物館のナシ20を何度か見たので初ではないですが、ナハネフ22のように「20系といえばこの顔」の顔のある車両を見るのは今回が初めてです^^
現存している「この顔」がある20系は鉄道博物館と福岡にある2両だけですからね・・。

イメージ 10
顔を正面から。
20系を象徴する(?)この2枚窓の顔を見れて感激です。

イメージ 11
101系
こちらも言わずと知れた国鉄の名車の1つですね。
鉄道博物館のクモハ101-902はモハ90系として登場した1両です。
量産車登場後に量産化改造がされたため、登場時の姿とは少し違います。
交通科学博物館にも101系が展示されていますが、あちらはモックアップです。

イメージ 12
C51
1919年に登場した幹線旅客用蒸気機関車です。
超特急「燕」を牽引した事で有名ですね。1965年には全車現役から引退しました。

イメージ 13
EF58
こちらも説明不要の名車ですね^^
鉄道博物館にはツララ切りが付いている上越型の89号機が展示されています。

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ED17
1923年から1925年にかけてイギリスから輸入された電気機関車を改造したグループです。
ED17-1は横須賀線電化時に輸入されたED70(登場時は1040形)の1号機に当たります。

イメージ 15
ED40
1919年に登場した碓氷峠用の電気機関車です。登場時は10020形でした。
ED42の登場により、1952年には全車が引退しました。
鉄道博物館の10号機は東武鉄道に貸出・譲渡され、日光軌道線で活躍しました。

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7号御料車
1914年に登場した大正天皇専用御料車です。

イメージ 17
10号御料車
1922年に登場した展望車タイプの珍しい御料車です。
戦後進駐軍に接収され、オクタゴニアン号に使われました。

イメージ 18
初代2号御料車
現在の鹿児島本線などの前身に当たる九州鉄道が1891年に製作した御料車です。
鉄道博物館に展示されている御料車で唯一の私鉄が製作した車両です。
デッキが付いた赤い車体が目を引きますね。

イメージ 19
初代1号御料車
明治天皇用に1876年に製造された日本初の御料車です。
車体にも装飾があり、他の御料車より豪華な感じの仕様ですね^^

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7100形蒸気機関車「弁慶号」
北海道初の鉄道・官営幌内鉄道開業に合わせてアメリカから輸入された機関車です。
7100形はアメリカスタイルの車体が特徴的ですね。
同型の「義経」が交通科学博物館、「しづか」が小樽市総合博物館に保存されています。
1952年に現存する3機が東京の原宿駅の宮廷ホームで同時に展示されたことがあるそうです。


次回に続く。

先に1〜32をご覧ください


イメージ 1
新幹線の原型とも言える戦前の弾丸列車計画の資料です。
この計画は九州から対馬海峡を越え朝鮮半島に渡り満州国の新京(現:長春)と北京まで伸ばす壮大な計画でした。東海道新幹線の新丹那トンネルはこの弾丸列車計画時に掘られたものを再利用しています。

イメージ 2
明治時代に京阪神間で使われていたレールです。
枕木が鉄製になっています。

イメージ 3
1階に下りると、中央線の201系に付けられていた愛称幕と種別幕の展示がありました。

イメージ 4
0系21形の2号車が1両丸ごと展示されているゾーンに行ってみました。
この車両は元々JR西日本社員研修センターに保存されていたものです。
まさかJR西が1号車も2号車も持っていたとは・・ですね^^;

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車内は着席可能・座席転換可能と意外と自由でした。
700系やN700系は回転式座席ですが、このタイプの座席は転換クロスシートになっています。
なので、リクライニング機能はありません。

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0系の横にはこれまた貴重な鴨宮モデル線の看板と東海道新幹線起工式で十河総裁が使用したクワが展示されていました!両方とも本物です。
鴨宮モデル線は東海道新幹線開通前にあった試験走行線で、現在は東海道新幹線の一部となっています。交通科学博物館で展示されている0系は営業開始前に鴨宮モデル線で試験走行をしていました。

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床下装置が見えるようになっており、台車も間近で見ることが出来ました。

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0系の展示を見終え、外に置かれている183系1000番台を見に行きました。
国鉄色の183系をまともに撮影するのはこれが初です^^;

イメージ 9
まずは正面から見て右側の183系を撮影〜。
野外展示ではありますが、車体の状態は少し汚れはあるものの良い方ですね。

イメージ 10
続いて左側。
こちらのクハ183は大窓化改造がされていない車両ですね。

イメージ 11
車内は飲食スペースとして開放されていました。
クーラーは車両に搭載されているものではなく、後付の家庭用クーラーが使われていました。
昼食はここで食べることにしました^^

イメージ 12
建物内に戻り、展示車両を見ることに。まずは交通博物館で保存されていた0系のカットボディ。
この車両も東海道新幹線開業時に投入されたグループの1両です。

イメージ 13
冷凍貨車のレムフ10000形です。
鮮魚貨物列車の「とびおう」「ぎんりん」などでも使われました。

イメージ 14
貨車内に冷房装置は無く、この棚にドライアイスを置いて冷やしていたそうです。

イメージ 15
車掌室側から一枚。
車掌室内には入ることは出来ませんが、デッキには入ることが出来ました。

イメージ 16
レムフ10000形の隣に展示されていたのは現在も活躍しているコキ50000形貨車です。
しかもトップナンバーです。

イメージ 17
タンクタイプの国鉄コンテナも展示されていました。1970年の私有コンテナ制度発足とともにタンクコンテナは私有コンテナに移行し、国鉄のタンクコンテナの増備は中止されました。
他にも現在のJR貨物の主流コンテナである19Dコンテナの第一号なども搭載されていました。

イメージ 18
最後はJR貨物機となったEF66 11号機です。美しい姿で展示されていました。
EF66は貨物牽引用機関車なので貨物ゾーンに展示されているのでしょうね。
ブルトレも牽引しましたが、EF66は旅客列車牽引のために作られた釜ではありません(汗

イメージ 19
交流機関車の代表格とも言えるED75です。
「あけぼの」のHMが装着されていました。


次回に続く。

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