こだまん日誌 - B side -

ヒウィッヒヒーを始めました。 ブログに書くほどじゃないって程度内容をつぶやいてまーす。『Tkodaman』

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いやぁ、金掛かったぁ(^^;

30mのLANケーブルを15mのワイヤーを買って、自分で工事。
ワイヤーとか地味に高いのね…
結局5000円程度かかった。

電話配線用の壁内の設置されてる管を利用して3階の仕事部屋から2回のリビングへ。
まずはパネルを外して、ワイヤーで管を貫通させて、LANケーブルを引き込む。

これが成功したんで、ケーブルは階段を這うことなく接続完了!!
見た目って大事だよね♪(笑)

無線LANに比べてちょー早い!!

これで回線の不安定要素が解消された。

トラブルも全部解消すればいいけど…

まず、今回の記事は宗教観念などを多分に含み、かつかなり攻撃的な内容となります。

特定の宗教を信仰し、教え以外の考えを理解しようとしない人は読まないでください。

それと、僕自身は特定の信仰は無いですし、何かを信仰しようとは考えてません。
もしかしたら僕の考えが既存の宗教などに酷似する場合はあります(世の中には星の数ほど宗教は存在しますから)、しかしそれは意図したものではないですし、もし同じ考えの宗教が存在したとしても支持するつもりはありませんので、勧誘などはお断りします。

そして、極めて危険な発言もします。
けれど、暴力を推奨するわけでもないし、戦争に賛同するわけじゃないです。
まぁ、人間の存在価値を否定するようなこともありますが、僕はそれでもなお人間としていきたいです。


…そんな前置きが必要なことを書くなって言われそうですけど、ブログって本来そう言うもんだろうと思うので、あえて自分の考えを曝して、どの程度世の中に理解されるのか、または危険なのかを知りたいと思うので書きます。












わざと、改行を入れますよ。











後悔はしないだろうとは思いますが、不毛な反論はやめてくださいね。
あくまでもこんな考えもある程度でお願いします。









これは一個人の考えです。
この考えを他の人に押し付けたり、番組の中でそれを浸透させようとかってのは絶対しないので安心してください。












わかる人にはわかる話なのですが、木根尚登さんが非常に好きです。
けれど…まぁ、わかる人には解るネタだから、深くは語りません。












では、本題。

なんでこんなことを書こうかと思ったのは、『コードギアス』『スカイ・クロラ』など、テーマが重い作品がちょっと刺激をくれたのと、風邪引いて考え込む(考えを整理する)時間があったので、29歳になった記念として、メモ的に考えを書きとめようと思っただけです。


タイトルの件について。
神の存在。
宗教によってさまざまです。
多くの場合は随分人間様に都合の良い神だったりしますが、大きな宗教の場合は割りと同じような結論だと思います。
神の存在については、複数の神が居るという考えと、唯一の神が一人(?)と言う点でまずは大きく分かれますが、僕が言うのは宗教概念的な神の扱いじゃなくて、『本当に無から有を生み出した存在』と言う意味での絶対神についてです。

そもそも、神は居ないって考えの人も居るでしょうけどね。
科学的に証明は出来ないと思いますけど、神・天使・悪魔・霊・その他非科学的な存在は居た方が楽しいので、いるって仮定してください(笑)

絶対神。
僕の好きなアニメで言うとL様になるのかな?(笑)

もしも神が本当に存在するならば『完全なる無慈悲な存在である』。
そうじゃなければ神ではない。

多くの作品で傍若無人に振舞って『我こそは神である!』と声高らかに叫んだ挙句、最終的に倒されるってオチが良くあるけれど、本当の神がもしも実体化されたら人間は全力で持ってぶっ倒しに掛かるであろうくらい、傍若無人で無慈悲なはずである。
だって『唯我独尊』なんだから(笑)
神に気紛れはあっても、慈悲なんてあったとしたらアイデンティティが崩壊する。
と言うのも、『慈悲』って言葉、これは非常に素晴らしいようで身勝手な言葉だから。

どう言うことかと言うと『全ての存在に等しい扱いをするのであれば、何か一つの存在にでも贔屓をしてはならない』ってことです。
言い方を変えるなら『全ての存在に慈悲を与えたら、結局は相殺されて変化なし』ってことです。
変な話になりますが、慈悲の対象って所詮地球規模でしょ?
「地球が壊れつつあります!神様、慈悲を!」って祈ったとして、地球が壊れるのは寿命・もしくは人間の愚行の因果としても、じゃあ他の星はどうなんだ?って話になります。
もしも地球の寿命を延ばすのであれば、他の星も伸ばさなければ平等じゃない。となる。

気紛れで何か変化をつけるかもしれないけど、情けなどを掛けてしまったらそれは平等じゃなくなる。

う〜ん、伝わってるだろうか??
でも、これ以上は説明しにくいと言うか…「だから何?」って言われそうだね(^^;


で、そんなベースがあってつい思ってしまったこと(実は、こっちの方が本題?)

街の中で見かけた『全世界が平和になりますように』って言葉。

…僕の考えとしては、それは無理だと思います。
全世界の平和=全部の戦争が終わるとしたら、終わることはあるかもしれないけど、それが継続されることは無いと思う。

さらに発展させたことを言うと、『戦争が無くなれば、世界中が幸せ』と言う事も無いと思います。

人間が感じる幸せって、どう言う条件で感じるのか。
不幸との温度差によって感じるものだと思う。

そこらへんの日本人の感覚で言えば、水を飲むのって普通のことで、まして水道水を飲むのは美味しくなくてちょっと嫌だったりする。
けどコレがそこらへんの外国からすればものすごい恵まれている。
紛争地域の子供が日本の水を飲んだら、それだけで幸せでお腹も胸も一杯になってしまうだろう。

日本でどれだけの『不幸』を感じても、絶望的な国の人たちからすればそれすら幸せなことに感じることが出来る。

じゃあ、その幸せの尺度に必要な不幸。
不幸は体験しなければいけないのか。
否。
他人の不幸によってもその尺度のひとつになる。
戦争・災害・凄惨な事件…世の中には残念なくらいの不幸が転がっている。
それを見たり聞いたりして、その時に感じる自分の幸せ。

幸せを感じるために不幸が必要であり。
自分が不幸を受けずに幸せを感じるためには、他人の不幸を必要とする。
敗者が居てこその勝者であり、すべてにおいて均等の世界は存在しない。
残念だけど、人間である以上は根本的にそんなもんだろう。

だからこそ『負けを認める』『不幸に屈しない』『周りの存在を無視してはいけない』と僕は思う。
運動会で勝敗を着けないとか、偏差値などを隠すとか、くだらない教育すると、子供が幸せになれないよ?

完全調和の世界に幸せは無い。
幸せが無いことこそ、本当の不幸だと思う。








…と、風邪ひいて喉が痛い僕の本心であります。
僕のある種の不幸は、こんなことを本気になって考えたりしちゃうあたりだろうなぁ(苦笑)

だからこそ僕は自信を持って言います。

僕、まともじゃない仕事で食べていけてるなんて、幸せすぎて死んじゃいそうです!!(爆)


僕としては、宗教そのものの存在が人間の弱さの証明と思いますが、その弱さが人間だから当然だと思います。
けど…迷惑をかけるのはやめましょうね。
宗教を信じるも信じないもそれぞれの権利があります。
実家のそばに怪しげで大きな宗教があったおかげで、こんな人間に育ちました。
ほんと、こまったものですウルサイ宗教団体って。
それでも思うんです。宗教を批判する人はもっとウルサイなって。



ここまで一貫性が無いように思われるでしょう。
僕の理屈ではすべて一貫性があります。
理解しろとは言いません。
ただ『うわっ!こいつ変態!』と思われるのを覚悟で、僕の闇を知ってもらおうかと。

こんな僕でも、お祭り好きだし、騒ぐの好きだし、何も考えずに暴走だってします。

前述の応用ですが、『楽しい気持ち』は『つまらない気持ちの反動』が必要だと思います。
自分の価値観をフラットに保ちつつ、より楽しいものを生み出すために頑張ります☆



あー、駄目だ、熱っぽいなぁ…いろいろな意味で…

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