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アルファモザイクでまとめられてた下記の記事。
簡単に>>1の論法をまとめると…「人生ってのは最初から勝ち負けが決まっていて、努力する事に意味が無い」「すべては神に愛された運のいい人間が勝つ様になっている」ってこと。
故に、努力はするべきじゃないって。
んー、やり取りの途中で「最初から勝ち負けが決まっている」と言う絶対運命論が介入してくるのですが、僕も実は絶対運命論を支持してます。
このブログでも以前に書いたんですけどね。
絶対運命論だと面白そうなんですよ♪
タイムマシーンを作った際の「タイムパラドックス」ってのが存在しなくなる。
理論の限界と言うか、自由度が無くなるわけで。
じゃあ、この>>1と同じ論法で努力する事に価値が無くなるのか?って話になるんですけど…僕は、例え絶対運命が存在しても努力する価値はあると思っています。
っつーのも、もし絶対運命と言う脚本が存在するとして、僕は自分の今現在よりも先の未来の『予定』を知らない。
予定を知らない以上はそれを体験する楽しみがあるんです。
正直僕は『負け人生』ってのは考えてません。
だって、最後の最後で一発逆転があるかもしれない!
そもそも『人生の勝利条件』って何なの?って話なのですよ。
そりゃ確かに、大して努力もせずに成功しちゃう人だっていますよ。
『運も才能のうちだね♪』なんて軽口を叩きながら内心では穏やかじゃ無いこともよくあります(笑)
なんなら、その人の失敗を祈る事だってあります。
でも、自分が成功するための準備はするべきで、それすら放棄するような人間が『逆転勝ち』出来ると思えない。
つまり、みずから勝利を破棄してるようにしか見えないです。
そして、それって…めっちゃくちゃカッコ悪いじゃないですか(笑)
カッコ悪いから、負け人生は想像せずに、自分の人生の成功を信じて努力する。
そして、そんなんだから諦める時はわりとあっさり引き下がります。
だって、次のゴール地点への準備をしなきゃいけませんから♪
つまり、根本までは>>1と一緒なのです。
『勝ち』に対して心が折れているかどうか。
別に神様に愛されるために努力するつもりも無い。
むしろ努力も才能のうち。
僕には人より努力するような素敵な才能はありません。
ただ、人より夢を見てる可能性が高いです。
なので、もし>>1に対して何かを言うのであれば、僕はこう言うしか無いでしょう。
「負け人生シナリオ確定したの? ざまぁwww」
だって、つまり負けたがってるんでしょ?
負け人生を歩む自分って可哀相って言いたいんでしょ?
なにより、『勝ち』への欲求が高いから、今の自分を許せないんでしょ?
それって、『負けに酔ってる』だけですよ。
どこまで心が折れてるか判りませんが、きっと本当に心が折れて再起不能な人なら愚痴すら言わずに日陰に居ることに安心するでしょう。もしくは命を捨ててるのでは?
人生に対して勝敗をつけるなら、まぁトントンじゃないですか?20勝20敗くらい?
何度か致命的な大敗もしてますし、見事な大逆転勝利もしてきました。
でもそんなの人生って言うシーズンのまだ前半戦ですよ。
AクラスとBクラスをフラフラしてる程度なら優勝すら圏内です。
>>1が何歳か知りませんが、これを50歳以上で行ってるなら優勝は厳しいかもしれませんね。
けど、それ以下なら老後に大連勝だってありうる。
そう言う考えが出来るかどうかの違いでしょうね。
で、本題。
僕が努力をする理由。
『努力をした人間が大逆転で勝利する姿ってカッコいいから、その為の演出』
ってことです(笑)
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