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朝露にぬれるじゃがいもの葉っぱ
天 「今日はずいぶんと長いこと畑に行ってたね」
私 「うん、やることいっぱいあって♪ 定植したりタネ蒔いたり肥料やったり楽しかった♪」
天 「無心でやれる何かがあるって、大切なことよね」
私 「今朝、おもった。 頭のなかで考えてることって、あんまり必要じゃないな・・・って。」
天 「そうね・・・。瞑想するときは特に、頭に浮かぶことが邪魔になるけど、基本的に頭で考えてることって、妄想にちかいかもしれない。」
私 「そうだよね・・・。それより、直感で閃いたこととか、感謝の気持ちがあふれてるとか、そういう時の方がオーラは輝いてる気がする。」
天 「だいぶわかってきたわね」
私 「でしょでしょー♪ 妄想めぐらして、何やってるかといえば、結局 ひとの判定だったり、自己防衛思考だったりさぁ・・・。基本的にわたしって、ジャッジメント人間なのよねー、悲しいことに・・・。」
天 「多くの人間がそうね・・・。 判定することによって安心したいのよ。 でもそれは、人生において邪魔こそすれ、何の役にもたちはしない・・・。 そのことに気づいている人間はどのくらいいるかしらね・・・。」
私 「そうなのよ・・・。 でね、気づいたとしても、日々、一瞬一瞬の思考は、朝起きてから 夜寝るまで、意識しない限り、なかなか思考癖から抜けられなくて、 テレビ見てても人と話してても、 ついついジャッジメントしてるのよ・・・。」
天 「顕在意識は、自己防衛のためにいろんなことを考えるのだから、それはそれで人間の姿ではあるのよ。 ただ、バランスがあまりにも偏って、顕在意識ばかりに偏重しすぎてしまって、人間は(顕在意識がすべて)と決めて行動したり決心したりしてるでしょ。 それが遠回りの原因になってるのね・・・。」
私 「遠回りって?」
天 「人生の究極的な目的・・・ 自己探求と、自己実現よ。」
私 「ふ〜ん・・・・ わかるような気がするわ。 他者や自分へのジャッジメントって、結局は自分に (限定情報)を与えてしまっているにすぎない。 いわば、手かせ足かせよね。 本当の自分自身を知る・本当に自分がやりたいことをやる そういったことを意識したときに、一体何人の人がそこにたどり着けているかを思うと、やっぱりこの”ジャッジメント意識”って、そうとう邪魔なんだと思うわ・・・。」
天 「そう。 難しいことをあれやこれや考えたり、日常の一瞬一瞬を、いつもの妄想癖で過ごしてしまうくらいなら、いっそのこと何がなんだかわからなくても、ともかく何にでも (ありがとう)っていう思いで過ごしていたほうが、はるかに宇宙の真理に近づきやすくなるわよ。」
私 「そうなの?」
天 「そうよ。 頭にピンとこなくても、とにかく (ありがとう) よ。 最初はありがたいと思ってなくてもかまわないから、とにかく何にでも (ありがとう) って思いながら、もちろん口に出してもいいわよ、日々のすべてを過ごすのよ。 朝起きて歯を磨いてるとき、 顔を洗ってるとき、 コーヒーいれてるとき、 運転してるとき、 電車に乗ってるとき、 エレベーターにのってるとき、 とにかくぼーーっとしてる時間があったら、ありがとう よ。」
私 「そうか。 そうしたら、妄想めぐらす余地がなくなるわよね・・・。 即実践だわね。 ありがとう! ・・・ってか、今日はもはや眠たいわ・・・ははは^^; 朝早かったし、よく働いたし・・・ さっさとお風呂入ってねま〜す♪」
天 「うん、おやすみ♪ またあしたね♪」
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