|
確かに、戦争の犠牲者は原子爆弾を投下された広島や長崎の人々ばかりではありません。
戦後62年、唯一の被爆国のこの日本において、学校教育の歴史の授業でどれだけの時間を費やして、
この事実を教育しているのでしょうか? それは、ある一ページ、一時間の授業の中の数分で終了してしまうのでは?
僕は、決して原爆を投下したアメリカを憎む教育を望んでいる訳ではありません。
しかし、核兵器はそこにいる全ての物を消去してしまう。そこには生まれて間もない赤ん坊もいるのです。 いくら戦争と言えども、目の前の無防備な乳飲み子の体に火を付ける兵士はいるでしょうか? ありえないでしょう。
しかし、それを数万人と言う単位でやってのけてしまう。それが核兵器なのです。
ただ、その事実に無関心なことは、決して良いこととは思えないのです。被爆者でもない私が、どれだけ勉強しても、それを十分に知ることは出来ません。
その事実を知れば知るほど、知りえない辛さや悲しみ苦しみに突き当たります。当然です、
理解できるわけが無いのです。しかし、人類の犯した、その愚かな事実に少しでも向き合うことによって、どうするべきかが見えてくると思うのです。
もう二度と核兵器による無差別大量殺人を犯してはならない。その準備を進めてはならない。
それによって命を奪われる者が、どの人種、何処の国の人であっても、更には人間以外の動物であろうと、無防備で無抵抗の者の命を無駄に奪うことは決して許されることではないと思うのです。 ですから、それは決して忘れてはいけない事実なのです。
まだ、つい数十年か前のことなのですから・・・。
現実 今、日本はアメリカの軍事力の傘の下で安全を保たれているのは事実です。ならば、どうしたら良いのでしょう?
ご近所さんが銃を持ってこっちに向かって構えてます。そして今、後ろで守っていてくれている
銃をもった友達を装った人には、以前、僕が荒れていた頃に戒められ、僕は彼から、お腹の辺りに銃弾を2発あびております。 僕はどうしたら良いのでしょうか? 僕も銃を持つ? それは最悪の結末を生む可能性を自ら選択権に加えているのでは? 僕が銃を持った瞬間にご近所さんは・・・その時こそ確実に、撃って来るかも?
やはり、銃弾を受けた痛み、更には引きずっている後遺症、いかに愚かな行為だったかを
もっと各国に伝えていかないと・・・と思うのは、きれい事でしょうか?まして、僕自身その痛みを忘れかけているなんて・・・。 終戦後、唯一の被爆国が手に入れた平和憲法! 戦争放棄、平和を維持する為の日本国憲法なのです。
もし、安部総理大臣の祖父にあたる岸総理大臣の時代に憲法9条が改正されていたなら・・・
今頃、僕は家族を置いて遠いイラクの戦渦の中だったのでしょうか? 今の日本は核武装をしていたのでしょうか?
そして、これからの政府が、日本国民が憲法9条を変える選択をしたのなら、この先で起こりうる
世界の紛争へ、自分の息子や孫を喜んで送り込まなければならない国と、なってしまうのでしょうか?
自分の息子に、
あの子に銃で撃たれたのなら、この銃で打ち返して来い!
という教育は、僕には出来ない。
こぢろう でした。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




