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熊野古道に興味津々の方々 御案内致します(古道 ガイド)

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十一文関から約一町上ると 右に杉の大木が切られている 
此の杉は 2010年頃 強風で倒れた 大門坂では3〜4年に1〜2本の木が倒れている
世界遺産になって11年 4本の大木が倒れた 大木の殆んどは中が空洞です
太い根を四方に張って元気そうに見えるが 太い根っこの木は中が空洞の事が多々有ります

よく観ると 右側の木が左に比べて本数が少ない事に気が付くと思います
右が北ですから 日当たりも悪く 南からの風が強く吹くからでしょう
折れた状態にして置けば 木の朽ち果てる経緯をお客さんに 話すことも出来るのだが
この様に切ってしまったのでは 見苦しいだけで 何の趣きも無くなってしまった
世界遺産とは 落ち葉を持ち帰ってはいけない 木のみを取ってはいけない
石段が壊れても 無断で元に戻してはいけない 此れだけの大木を倒れたとは言え
切ってしまおうと言う 発想の貧困さには 呆れる他ない 
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四丁目の町石を過ぎると 右手に唐斗石(からといし)と 書かれた石碑が有る 其処には四角い石が埋められて少し顔を出している 唐斗石とは石棺 此処で石棺に手を合せる
其の遥か先に有るのは 那智の滝 雨が降ったり 霧が出たりすると 滝は見えない
しかし此の石棺に手を合わせると 間違い無く 滝に手を合わす事が出来る 鏡石と同じ
目的で置かれている 此処には埒(らち)が有った
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振り向くと 十一文関跡の立札が立って居る 滝を見せておいて 十一文を徴収する
払わないと埒を通過する事は出来ない 旅人は 此処で十一文払う事を 全員知っていた
其れは 熊野比丘尼(現在のキャンペーンガール)が全国に那智の参詣路を宣伝して歩き
海岸からお寺までの歩き方を絵解きで説明し 最後の十一文関で十一文が必要
無ければ 埒の前に座って 誰か払ってくれるのを待ちなさい 路銀に余裕のある方は 
座っている人の十一文を払ってあげなさい そうするとお参りのご利益は2倍にも
3倍にもなりますと 説明をした そのため唐斗石にたどり着いた人は総て十一文
払った事になります 
江戸時代(文化文政1804〜1829)の 一文は現在の金額に換算すると 
約二十円程度です 旅日記にはお金は有るが時間も有る 座って旅人にお金を払わせ
自分は十一文で 夕食に晩酌が一本余計に飲めたと言う様な惚けた旅人も居た様だ
ここまで来ると 大門坂も残り二町 滝も観えた事だし 旅人は元気が出た事でしょう
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3〜4町は石段に沢山のキズが有る 何故この様なキズが有るのか 昔此処は 
通学路だったのです(1962〜3年頃まで) 何でキズを付けたのか 
其れは 5寸釘(15cm)です 1955年頃 小学校では 釘刺し 釘立てと言って
運動場や空き地で 釘を地面に投げて立てる遊びが盛んだした 陣取り合戦や 立って居る
釘に自分に釘をぶっつけて 自分の釘が立って 相手の釘が倒れると 倒れた釘は自分の物
ビー玉(B玉)の様に取りっこして遊んだ  学校帰り石段を砥石として研いだ 
悪ガキどもの夢の跡です
話はそれますが ビー玉(B玉)は エー玉(A玉)が有るからビー玉が有るのです
エー玉はA級の玉 ビー玉はB級の玉 A玉はラムネの栓に使われ B玉は栓として使えない玉 使えないから子供の玩具に成った 子供の頃 ラムネビンを割って玉を取り出し
雑貨屋のおじさんに怒られてものだ 
此の傷の有る所は 腰を下ろして眺めの良い所 六町の中間辺り 考えた訳では無いが
自然とそうなったのだろう
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六十年以上昔のキズだから可なり薄く成って来ている 右下の串の字が見えるのは 串本高校
の学生が昭和30年10月20日遠足で来た時の記念です 最近この様なキズが問題に成っている
この様なキズも含めて世界遺産でしょう 此れが歴史なのですから
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座って見下ろす景色は最高 此処で油を売って遅くなる時は 周りに落ちている
杉柴を一抱え拾って家に帰る そうしないと 何時までも道草を食って居るんじゃないと 親父の拳骨が 飛んで来る
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熊野古道 大門坂 8

3〜40m歩くと3町目の町石(丁石)が有る 大門坂の中間 この辺りには 面白い名前の
植物が 生えている その名もバリバリの木 お客さんには 皆様にピッタリの木の名前です
ナ〜ンだ 70代の方は 葉が波打って居るから ヨレヨレの木 関西のおばちゃんは
美人の木 関東の方は 何だろう? 関東 関西 地方色豊かな答えが帰って来る
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近くには テンナンショウの仲間の ウラシマ草が 魚を釣っている事もある
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其の近くには 蟻通しが 可愛い花を咲かせている 此の木には 細く鋭く長い棘が有る
此の棘で蟻を刺すと 棘が鋭く蟻のお腹が千切れないで通って仕舞うらしい
秋には 紅く小さな実が着く 別名は 一両 皆さんご存知なのは 千両 万両
百両はカラタチバナ 十両はヤブコウジ 一鉢に寄せ植えで あるいは 庭に植えて
我が家には 千両 万両 百両 十両 一両 何時も 蟻通し(有通し)=お金持ち
縁起物で 植えている方もいるようです
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熊野古道 大門坂 7

大門坂と自動車路が接する処が二町目 大門坂六町の三分の一地点 此処から5〜60m
歩くと 熊野古道屈指の風景が 目の前に広がる 古道の風景写真 パンフレット等には
必ず紹介される地点だ 此の大門坂は この世の人々が歩いて瀧にお参りすると 悩みは消え
元気になる 亡くなった方は 此の路を歩いてお寺の横を通り 妙法山 阿弥陀寺にお参りし
家に帰ると 亡くなった方の枕元に供える 枕飯が炊けていると 言われている
大門坂を上る人々を 後ろから離れて観ていると 緑の木々の中に溶け込んで観えなくなる
此の方々は 亡者さんなのでしょう 此の大門坂は この世の人々も あの世に行く人々も共に
歩く 参詣路なのです 大門坂六町 大門〜那智の滝六町 那智の滝〜青岸渡寺六町
三本の路は各六町の距離で 作られている 
此の六は六道から来ているのか? 六道は 地獄道 天道(極楽)修羅道 餓鬼道 畜生道
残りの道は 色んな方々に聞いてみるが 95〜98%の方は忘れている
大阪のご婦人方は 暫く考えて 出てくる答えは 極道 残念ながらこの道は六道には
入っていない  忘れている道は 人の道 此の道の終りは 六道の辻 此の辻に立って
居るのがお地蔵さん 人の道での行いを正直に言わないと お地蔵さんが 怒って閻魔さん
になる お地蔵さんと閻魔さんは 同一だそうです
此の道には六道の辻のお地蔵さん 残りの道のお地蔵さんが いらっしゃるのでは
皆さん 此の道は正直に 懺悔 懺悔 で歩いて下さい そうすれば 天道にいける事でしょう この時期は 路傍に可憐な瑠璃実の木 の花が咲いて居ます
12月〜1月には綺麗な瑠璃色の実を沢山漬けます
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