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水は低きに流れ、人もまた低きに流れる。
この言葉の出所はさて知れず、多くの人は自分に都合のいい情報に食いつく。
しかも、自分に害さえなければ支持さえする。
自分の都合のよい情報をあえて一般化するならば、
「今の自分でもできる、分かる、しかも一見すると新規である」ものだ。
これは非常によくできた構造といえる。
まず自分にとっては全く新しいといえる情報ゆえ、とりあえず聞いてみる。
次に内容に細かな情報が含まれているとはいえその時点で、
万人が一度は考えたことのあるような、または通説となっているような
思惟内容をもつのである。
すると人はおのずとそこで納得してしまい、それ以上を調べようとしなくなる。
「水は高きより低きに流れ」
水は誰もが嫌う低い、低い場所へと流れてゆく。
低いところには集まるがその心は深く静かで、与えるに わけへだてがない。
言動に偽りがなく、お さまるべき時には必ず おさまる。
人間もそういう生き方を心がけよという老子さまの教えである。
低きへの力に従い、水のごとく流れる<あなた>も
逆らう<わたし>も絶対の差異である限り
人の数だけ真実があるのかもしれない。
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