ねこおやじの写真アルバム

2010年7月24日 このブログは引っ越しいたしました。新ブログをよろしくお願いいたします。

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1枚目 国鉄色のキハ52が平岩駅を発車
2枚目 車と鉄道共用の平岩洞門をくぐって
3枚目 姫川に沿って
4枚目 鉄橋を渡ります

この場所に行くかどうか、相当迷いました。このスケールに単行は似合わない、と思います。
しかしそれでも良い場所です。
糸魚川と南小谷のほぼ中間地点、平岩からヘアピンカーブを繰り返す山道を登ります。峠のサミット直前まで登り詰めました。


2009/8/20 平岩→北小谷 428D キハ52 115


裁判員裁判、今までに3件の判決が出ていますが、けっこう厳しめのようですね。
日本の今までの警察・検察・裁判には、個人的に何点かおかしいと思うところがあります(法学を体系的に学んだことは無いので素人視点です)。
(1)公権力の行使に厳し過ぎる
特高警察の反省とは思いますが、警察権力の行使が足りません。最近でこそストーカー法が出来ましたが、それまでは「殴られたら来てください、それまでは民事不介入です」という立ち位置でした。ストーカー法も「恋愛感情によるつきまといに対して」という変な制約があります。ご近所トラブルには立ち入れないのです。結局、声のデカイ人、体のデカイ人、などなど、明白な暴力や脅迫にならない威圧には助けてくれません。犯罪が起きる前の抑止力が無いのです。
その結果、国家権力による権利侵害からは守られているのかも(???)しれませんが、私的な権利侵害(犯罪者に財産を盗まれたり、心身を傷つけられたりなどなど)から守られない状況が生じています。
そして、この考え方は年金問題にも共通する、法的弱者(法律で守られるはずの権利を主張する方法を知らない人)への視点が欠如してることにも関わっていると思います(別途、近日中にこの問題だけで整理します)。
(2)罰則が足りません
これも法律に対する考え方の問題と思いますが、犯罪者に対して、犯罪者の人生の一定期間を刑務所などで償わせることに対して、遠慮があるように思います。確かに犯罪者も人間であり、犯罪に至る過程には失業や差別などの社会的な問題、または家庭の問題など本人にもとめることが難しい問題があることもわかります。しかし命を奪われたり、財産を奪われたりした被害者にも責任はありません。被害者は責任無しに苦痛を背負わされるのに、犯罪者は責任が無いからと言って免罪されてしまいます。同じ環境で育っても誰もが犯罪者になる訳ではありません。挙げ句の果てには、被害者が民事で賠償を求めて勝訴しても、債務名義なんて紙切れです。「○○は××に何百万円支払え」なんて判決が出ても、裁判所が取り立てする訳ではなく、個人同士で払え/金がない、なんてやり取りを続けた挙げ句に自己破産されてチャラです。

他にもありますが、長くなりましたので、個々についてはこの辺で。

もちろん、日本の司法には優れている点も多々あります。
しかし、戦後60年以上が経過して、東西冷戦も終わり、共産革命もありえないことになったと思います。しかし弱い労働者がいなくなった訳ではありません。その意味ではむしろ弱者にとって状況は悪化しています。弱者は永遠に弱者のままになりかねません。革命によらずして弱者の立場を改善するには、持てるものによる社会貢献、ハーヴェイロードの原則(ケインズ経済学の基礎にある、賢人による政策運営)、ノブレス・オブリージュ(財産・権力・地位に伴う責任)、といった視点も必要なのではないかと思います。
そして、それらの問題が裁判員裁判で表面化されて改善の方向に向かえば、裁判員導入の目的が果たされると思います。

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