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東京と神奈川を除く全国の都道府県にある護国神社ですが,山梨は甲府に護国神社があります. 武田神社の方から走っていくと道をまたぐ大きな鳥居があり,護国神社はその先にありました. 駐車場には車がたくさん停まっていましたが,神社には誰もおらず, 木々に囲まれた参道は静かな雰囲気でした. それほど広い敷地ではありませんでしたが, 境内には,戦没者慰霊碑,日本赤十字の愛の灯,傷痍軍人之碑,予科練之碑等, たくさんの碑が並んでいました. 戦没者の碑は全国各地にありますが, 殉職自衛隊員顕彰之碑というものは,今回,初めて見た気がします. ホームページはこちら |
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山梨県護国神社は、明治十二年十二月、山梨県神道事務局の発議によって、甲府市太田町公園隣接地に招魂社が建立され、西南の役に出征して戦没した本県出身者の御神霊を奉斎し、年々盛大に慰霊の祭典が執行された。
明治四十一年甲府連隊創設に伴ひ太田町遊亀公園内に招魂堂を再建し、西南の役以来の戦争で戦没した英霊を合祀した。
昭和十四年に山梨縣護國神社創建会が設立され、昭和十七年十二月七日甲斐の古蹟躑躅ヶ崎の南麓において地鎮祭執行となり、昭和十九年十一月二十八日内務大臣の指定があり、山梨縣護國神社が創建となった。
同月二十九日鎮座祭が行はれ、明治聖代以来の戦争、事変等で一死報国の誠を捧げた諸勇士の御神霊を招魂堂より奉還し、同月三十日竣工奉告祭並びに例大祭が執行された。
昭和二十一年十月十二日社名を山梨宮と変更したが、昭和二十七年十一月十二日再び山梨縣護國神社と改名した。
御祭神は西南の役五〇柱、日清戦争五六八柱、日露戦争四四九柱、台湾討伐五五柱、満州事変、上海事変七三柱、支那事変、満州事変一、七八四柱、大東亜戦争二二、〇六八柱で、合計二五、〇四七柱が合祀されてゐる
2019/2/3(日) 午後 3:41 [ 観光立国 地方創生 ]