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武田信玄は戦国時代最強と言われた騎馬軍団を操り, もし病没しなければ天下統一できていたかもしれないとも言われる武将です. 彼は武力を用いて対外的な戦いで活躍しただけでなく, 領国支配においても,治水を行って信玄堤と呼ばれる堤防を作ったり, 甲州法度次第という法律を定めたりしています. そんな武田信玄のことを多くの山形県民は今でも尊敬していて, 信玄と呼び捨てで呼ぶのではなく,信玄公と呼ぶのだそうです. 甲府を訪れた多くの人たちが目にするであろう物が,駅の南口にある武田信玄公像です. 像の名前にもちゃんと“公”という文字が付けられていました. 諏訪法性の兜を被り,軍配を持って床几に腰掛けた姿の迫力のある像で, かなり太った体型で,横幅が貫禄あるだけではなく,奥行きもかなりありました. この体型では馬に乗って進軍したりするとき,馬はかなり辛かったのではないでしょうか. ちなみに像の高さは約3メートルで,重さは約5トンだそうです. ホームページはこちら |
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甲州法度
国人・地侍が罪科人の所領跡という名目に土地を処分することを厳禁し、領国全体を武田氏が領有することを定めている。
国人・地侍が農民から理由なく名田を取り上げるようなことを禁止して、農民を保護している。
訴訟時において暴力行為に及んだものは敗訴とする。
年貢の滞納は許さず、その場合には地頭に取り立てさせる(6条)。
家屋税として貨幣で徴収する棟別銭について、逃亡しても追ってまで徴収する、あるいは連帯責任制により同じ郷中に支払わせる。
隠田があった場合には、何年経っていても調査により取り立てる(57条)。
被官について、武田信玄の承諾なく盟約を結ぶことを禁ずる(14条)。
他国に勝手に書状を出してはならないことを定め、内通の防止を図っている。
喧嘩両成敗(17条)
浄土宗と日蓮宗の喧嘩禁止、宗教問答の禁止
分国法は分国内のいかなることも拘束し、末尾の条文には、当主である武田信玄自身も法度に拘束されると記され、法度の主旨に反する言動に対しては身分の別を問わずに訴訟を申し出ることが容認されて
2018/10/28(日) 午前 7:01 [ 歴史&環境&公徳心ツアー ]