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2014年5月に行った北海道の記事の目次を作りました.
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北海道
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函館の五稜郭は,上から見ると星型をしている,日本初のヨーロッパ式の城です. 幕末に函館が開港されたことにより箱館奉行所が置かれ,五稜郭が作られて移転してきました. 大政奉還後,榎本武揚が率いる旧幕府軍が占領し,新政府軍との戦いの舞台にもなりました. 以前,行ったときは,雪の時期だったこともあって, 城の内側は木が生えているだけの広場だった記憶がありましたが, 2010年に箱館奉行所が復元されたことで,売店などもある,観光客が集まる場所になっていました. ただし,平日で一般の観光客が少なかったからか,外国人がかなり多かったです. 星型をした堀の上を歩くと,角があちこちにあるので周囲を見渡しやすい感じがわかりました. 石垣には,先端が尖った武者返しが付いているところもありました. 五稜郭は桜の名所にもなっていて,花見をしながらバーベキューをしている人もたくさんいました. ちなみに北海道のバーベキューは羊肉のジンギスカンが一般的なようです. 写真の塔は五稜郭タワーです. ホームページはこちら |
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函館山の南側には,戊辰戦争で亡くなった旧幕府軍の戦死者を慰霊する,碧血碑というものがあります. 立待岬から市街へ戻る一方通行の道から歩行者のみが進める脇道があり, その先の少し広くなったところに,大きく碧血碑と書かれた碑がありました. 碧血とは,荘子の話に出てくる“義に殉じて流した血は3年経つと碧色になる”というものから付けられたそうです. 戊辰戦争の後,賊軍とされた旧幕府軍の戦死者は遺体の埋葬が許されずに放置されていまいたが, 柳川熊吉という侠客が,罪を覚悟で子分たちに遺体を回収させて埋葬したそうです. 正式に埋葬が許可された後,1975年に大鳥圭介などが建てたのが,この碧血碑だそうです. ただし,碑の裏側に書かれている内容は,政府に遠慮をしたため, 具体的なことは触れずに曖昧な記載になっているそうです 誰が供えたのかわかりませんが,お花と千羽鶴が供えられていました. また,碧血碑のそばには,遺体を埋葬した柳川熊吉の碑も建てられていました. ホームページはこちら
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函館山の南東には立待岬という,市街からも近い小さな岬があります. 岬の先端へ向かう道は狭く,一方通行になっていました. 途中には石川啄木一族のお墓がありますが,狭い道に路上駐車するのも迷惑なので通過しました. 道の先は広めの駐車場になっていて,断崖上に位置しているため,その向こうには海が見えました. 駐車場から北東方向を見ると,海に面した市街地の様子が見えました. 岬の先端方向には条件がよければ津軽海峡の向こうにある下北半島が見えるそうですが, この日は海と波しか見えませんでした. 駐車場と反対方向に出ると,海に落ち込む切り立った崖が続いている様子が見えました. いつもかどうかはわかりませんが,風がものすごく,とても厳しい景色に見えました. 周辺には遊歩道もありましたが,歩いて回るような天候ではなかったので, 駐車場周辺しか見ませんでした. ホームページはこちら
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函館の夜景と言えば世界三大夜景の1つと言われる函館山からの景色ですが, 函館裏夜景という,函館の街を函館山と反対側から見るスポットもあります. その1つが桔梗という場所で,JRの桔梗駅から東の方へ進んだ畑の中の小高い場所からは, 函館市街とその向こうに函館山が見えました. 残念ながら夜は訪れていないので,また行ってみたいと思っています. ホームページはこちら |




