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2018年9月に行った九州の記事の目次を作りました. |
九州・沖縄
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宮崎県宮崎市佐土原町の鶴松山にある佐土原城は,日向国を治めていた伊東氏の一族である田島氏が田島として建てました.
田島氏は本家の伊東氏から追い出され,代わって入った城主が佐土原氏を名乗り,城も佐土原城と呼ばれるようになり,その後伊東氏の重要な城とされました. 火災で焼失し跡地には1543年に新たに鶴松城が築かれますが,通称は佐土原城のままだったそうです. 伊東氏は島津氏に敗れて日向国を捨て,佐土原城は島津氏のものとなりました. 島津氏は豊臣秀吉の九州攻めで敗れますが,佐土原は島津氏に安堵され,江戸時代は佐土原藩が置かれ明治になるまで佐土原島津氏が治めたそうです. 山の麓には二の丸御殿だった鶴松館が復元され,佐土原歴史資料館として公開されていましたが,私が訪れたときは休館日で門が閉まっていたので門と塀と屋根しか見られませんでした. 鶴松館の左手から登り口があり,山頂の本丸まで切り通しのなだらかな坂道を進みました. 山の上は開けた草地が何段か連なった形で遺構があり,本丸の推定位置が変わっていました. 右手に回り込んだ先に天守台もありましたが,これは1996年の発掘調査で発見された南九州で唯一のもので,このとき金箔瓦の破片も発見されたそうです. 推定位置が変わったのはこの調査のときかもしれません. 自衛隊の基地が近いようで,上空を戦闘機が何機も飛んでいました. |
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日向岬の中ほどには標高192メートルの米ノ山という丘があり,頂上には米ノ山展望台というものがありました. ちょっと古めの小さな展望台に上ると,日向灘の海岸線を見渡すことができました. 展望台の脇には芝生の斜面があり,ここでパラグライダーができるそうですが,私が訪れたときはパラグライダーをしている人はいませんでした.
展望台まで行かなくても駐車場からも周囲の景色が見えましたが,夜には駐車場から見える夜景を見に訪れる人もいるそうです. |
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日向岬の南側の海岸には,“願いが叶うクルスの海”と呼ばれる場所があります. 海水に侵食された岩場の形が,十字架の形または漢字の叶という文字に見えるため,この名前で呼ばれるようになり,ここを訪れると願いが叶うとしてパワースポットとなっているそうです. 岬の上の駐車場の脇から道が伸びていて,高い位置から海を見下ろせる場所がありました. 確かに岩場に食い込んだ海の形は十字架にも叶という文字にも見え,不思議な感じの場所でした. ここには“願いが叶うクルスの鐘”というものも設置されていました. |
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宮崎県日向市にある日向岬の先端には馬ヶ背という場所があり,先端へと向かう手前の小高い場所には,細島灯台というものがありました. 岬周辺の細島にある細島港は,かつて宋や明との貿易で栄えた場所で,江戸時代には常夜灯が設置されていたそうです. 明治末期に港が整備されて宮崎県がレンガ造りの灯台を設置し,国に移管された後にコンクリート造りに改築されたそうです. 馬ヶ背の遊歩道の途中から脇道を登って行くと,ちょっとした広場の中に白い灯台がありました. 塔の高さは約10メートルと大きなものではありませんでしたが,海面から灯りまでの高さは約100メートルあるそうです. 広場の隅には展望台もあり,海へ向かって伸びる馬ヶ背の姿が良く見渡せました. また,広場の一角には日向岬を構成している柱状節理の岩が出ている部分もありました. ここは2017年に“恋する灯台”に宮崎県内で初めて認定されたそうです.
写真は,細島灯台から見た馬ヶ背の先端方面です.
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