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《第2章》 モンゴル青年との出会い
1993年秋。41歳。私は、これからやって来るデジタル通信の時代をにらみながら、近畿郵政局などが中心となって行っていた『マルチメディア研究会』に参加していた。会合の場所は、いつも大阪商工会議所内。
そこに向うために、大阪地下鉄堺筋線『堺筋本町』で下車。地上出口を出た。秋の小春日和。たばこに、一服火を着けた。
その時、背後から声を掛けられた。
「すみません。道を教えて下さい。」
振り向くと、さわやかな青年だった。
「何処まで、行くの。」
「ここです。始めてアルバイトに行きます。」
差し出された地図を見ると、大阪商工会議所への道筋にあるビルだった。青年は、そこにある中華料理店に面接に行くと言う。
「ちょうどよかった、私もその方向へ行くから、案内しよう。」
そこから、約5分の道のりだった。
「君は、学生か?」 「はい。」
「何処の学校?」 「京都の精華大学です。」
「京都か。私は奈良に居るから一度は遊びにいらっしゃい。」
「ありがとうございます。」
「君の言葉には、ぜんぜんナマリがないね。ふるさとは何処なの?」
「モンゴルです。」
礼儀正しく、あまりにも純粋な日本語を話す、この青年のこの一言に…思わず絶句。 気を取り戻して、
「そうか。日本は、狭くて、みんなセカセカしていて、大変だろう?」
「はい、モンゴルに帰りたいです。」 「そうだろうな…」
中華料理店に着いた。
青年に名刺を渡し、分かれた。その日は、一日気分が良かった。
その時は、このモンゴル青年と、これほど深い付き合いになるとは想像もしなかった。
《第3章》 青年との再会。そして、モンゴル書道との出会い。
1994年、梅雨。1通の手紙。差出人、スーチンドロン。
その内容は
『モンゴル書道展』を開くので、ぜひ来て欲しいとの事。
会場は、京都国際交流会館。開催期間7月14日から20日。
しまった と 思った。と同時に嬉しかった。
もっと あの時(道案内の5分間に)、モンゴルの青年に、小生が文字デザインを調べている一人だと…。
開催中に行った。微少な祝いを持って…
奈良からは、近鉄丹波橋駅乗換え、京阪三条駅。路面電車に乗り換え、ガッタンゴットン、琵琶湖大津方面に向かった。
なんとか、閉館前の夕刻4時頃に着いた。
受付に、可愛いモンゴル衣装を着た女性が居た。
ここにまちがいないと思い。祝い袋をそっと差し出し、芳名録に記名して 日本語が通じるのか…おそるおそる、話かけてみました
ゆっくりと
「河野と申します。スーチンドロンさんは、居られますか?」と尋ねた。
その彼女の答えは、即
「河野さんですね。スーチンから、聞いておりました。ただいま、スーチンは、別の打ち合わせ中なので、すぐ戻ってきます。ゆっくりご覧ください。」
またまた絶句。 ああ この娘は、スーチンドロンと同じように、綺麗な日本語を学んだモンゴルの女性なんだ…と感心した。
つづく
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