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弟は、ピアノの演奏活動を通じて、ピアノの修復をし、沢山の地域や国に贈っていた。モンゴルにも6台寄贈すると言う。
「パスポートはあるから、スケジュール表を送ってくれ。」
9月に、約1週間の日程での予定表だった。
弟がモンゴルと言うので、てっきり僕は、モンゴル国(外蒙古)だと思っていた。
日程表をスーチンドロンに見せた。彼曰く
「河野さん。この日程表によりますと、北京経由でフフホトに着きます。そして、お泊りになるホテルは、昭君ホテル。私の家の近くです。フフホトは、内モンゴルの首都です。私の故郷です。」 ………
彼は、さらに付け加えた
「この様な旅行は、僕が企画して、ご案内するべきところ、それが出来ず残念です。」
出発前日。スーチンドロンから連絡が入った。
「河野さん達がフフホトに行くことは、父や母に伝えてあります。お願いがあります。モンゴルには、長いダウンジャケットがありません。母の為に、懸賞に応募したら当たりました。今日届きます。それと、ハンフー(長男6ヶ月)の写真を母に渡していただきませんか。」
「わかった!」
夕刻、女房が運転する車で、モンゴル料理店に向かった。
早速、旅行カバンの荷物を入れ替えた。
翌日、福岡国際空港集合。北京に向かう。
北京にて、乗り換えフフホト昭君ホテルには、現地時間夕6時着予定。
北京空港で2つの問題が起こった。
1つ目。通訳から、税関から贈呈する6台のピアノに、高額な税金を掛ける。…絶句。弟が「僕が払いますから。」と…とりあえず、収まった。
2つ目。フフホト行きの飛行機がこない。…5時間待った。
待合ロビーは、灯が消され、薄暗く。食事場所もない。
喫煙コーナーとトイレに行く、ウロウロ、ウロウロ、灯の消えた小さなお土産店のウインドーを見ながら歩く、一巡り2・3分、それ以外に時間のつぶしようが無かった。
ロビーの脇に、中華航空の搭乗口とフフホト行きの搭乗口が並んでいる。なぜか、おもしろかった。中華航空の搭乗口の係員は、ビシッと決まった制服、兵隊さんの様に居る。僕は笑顔で手を振って、会釈したが無視された。フフホト行きの搭乗口の係員は、なんとなく素朴な征服で、手を振る私の仕草に、笑顔で反応してくれた。 ほっとする。
搭乗口のモニターには、現在気温フフホト −1℃ の表示が出ている。
まだ9月。日本を出発する時は、暑かった。
午後11時前に、フフホト着。空港は暗く、閑散としていた。みんな空腹。
バスに乗り込む。寒い。口が凍りついたように開かない。
昭君ホテルへ向かう(ホテルでは、もう夕食不可能との事)。途中でレストランを見つけ、閉店後にもかかわらず、なんとか交渉して、夕食が摂れた。
この時点で、僕はもうあきらめていた。今日は、スーチンドロンの父母に会えない。滞在中に、通訳に頼んで連絡をとってもらおう…と。
午後12時前。昭君ホテル着。少しの明かりの中で、チェックインが始まる。カウンターだけの灯り。ロビーの照明用コンセントは、全て抜いてある。電力消費を少なくしている。…良い事だ。
薄明かりのロビーのソファーに目を向けた。 絶句。
つづく
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