kohno-fam 河野博光デザイン記

人とひとの出会いから 多くの思い出が できました

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ぼくのすがた

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1996年 次男 春 が描いてくれた。 おきにいりの絵

がようしにしろいいえ

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1970年(昭和46年) 大阪万博があった。美術学校1回生、19歳の時。

高校生になってから 毎回
   町の写生大会に 呼び出される。
 学校の先生方や写生大会の主催者や つきそいの親は … ?
  こぞって みたままに 描きなさい と 声を荒げている。


 ぼくは
こどもたちの こえを 聞きたかった。

  その子の すきなものや たのしいことの 話を じっと
 聞きまわりながら、  言って 歩く。
   『 え を かいて お兄ちゃんに はなしてね 』

… もう 写生大会の終了時間
 ひとりの おかあさんが
『この子を 教えてくれる 絵の教室は有りますか』

 自閉症で 言葉が出ない少年の やさしいお母さん。

『もし、よかったら。ぼくの家で、日曜日、子供の絵画教室しています。』

… やんちゃくれな、子供たちが集う、我が家の日曜日。

 あの子が、お母さんと
 絵の具を持って、来てくれた。

第3話(頭真っ白)

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頭の中が真っ白になった。
 その昔。 崖からおちかけたり、お腹が空きすぎたり、スキーで無謀な直滑降したり、
炎天下で作業つづけたり、底冷えのする部屋で朝まで内職したり…
 ふっと 目の前が真っ白になる。 自分の体が地面に吸い込まれて往く。
   まるで、後頭部を金槌で殴られたような、
スポーツ競技をやっていて相手選手とぶつかった一瞬の様に
気絶状態に、なっていた。
 なぜ、 何故、 どうして… ぼくの 心の中には、おおきなショックが巡る。

頭の中が、あの荷車牽く青年の姿。学校で教えてもらわなかったハングル。
私の周りの大人達は、チョンコ(朝鮮人)、チュンコ(中国人)とさげすみ、
英語(米語)とその習慣と経典を覚えるのが、これからの日本人と刷り込まれていた。
なぜ、こんなに近い国の人のことを教えてくれなかったのだ
なぜ、大人達は、この人たちをさげすんでいたのか。
 初めて
   日本の大人達に社会に 不信感と嫌悪感をもった。


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