kohno-fam 河野博光デザイン記

人とひとの出会いから 多くの思い出が できました

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いずみホール

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1989年作。
大阪城公園周辺の再開発で出来た、住友生命ビル。
その一角に、『いずみホール』が建設された。
戦後、住友生命が日本の各地に音楽で癒しを…との願いから、
独自のオーケストラを編成、『いずみホール』と名付け、
ボランティア演奏会を長年続けてきた。
拠点となる室内管弦楽ホールが、この時出来上がった。
その当時、JR『ウエンズ』のシンボルマークを目にしてくださっていた社長が、
ぜひ、このデザイナーにデザイン依頼したいと、探していただいた。
デザイナー冥利につきる。

デザインテーマを、ウイーンの森の…その中の泉に…やさしい歌声、
まるで母の様な…音楽の女神を連想して制作。

《こころの思い出》
それまで、堅苦しいクラシック音楽が苦手だった私でしたが…
オープン記念コンサートに招かれた折、ドイツのオーケストラの
なんと、おおらかで…演奏者全てが、にこやかに演奏している姿、
音そのものに、日本の教育で教わって来たような、機械仕掛けの
ロボット人が演奏するものとは、まったく違った。大好きになった。
●9歳になった娘をその時連れていきました。日本のクラシック音楽の
コンサートのほとんどが、子供の入場禁止。しかし、いずみホールでは、
社長はじめ、全スタッフが優しく迎えてくれ、同席した観客からも
お嬢ちゃんよく来たね…と歓迎された。
●その後、弟康弘(ジャズピアニスト)がこのホールでコンサートを開いた。
おふくろも聞きに行った。

ウエンズ

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1987年作。翌年1月発表。JR西日本旅行業『WENS』。
我が第3子(次男春1歳)。父力(明治38年生)逝去の年。

デザイン修行時代、共に苦労した先輩結城氏が、東急エージェンシーの
クリエイティブディレクターとなり、依頼を受けた。5大広告代理店の競合。
テーマを当時の企業コンセプト『ハート アンド ライルウェー』に見つけ…
私は子供のころ、おまわりさんと汽車の運転手に憧れ、電車はいつも先頭車両に乗っていた。
青春時代は、キャンプ、スキー、スケッチ旅行と 常に車窓はキャンバスだった。
旅が好きだった そんな思いをダブらせて、形にした。
ネーミングは、東西南北の英語表記を西から始めたもの。
先輩コピーライターが名付けた。

《こころの思い出》
病床にあった父。戦後大阪の汽車会社に勤め、蒸気機関車、ディーゼル機関車を
造っていた。息をひきとる、数日前にこの作品を見せた。
喜んでくれた。

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ナチュラルハウス

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1980年作。
我が第2子(長女千秋)誕生の年。
勤めていた、旭通信社(現ADK)を退社。フリーデザイナーとなった年。
やっと、日本も自然を求めるようになって来た頃。
『日本一の自然食品店をつくろう』を合言葉に、
東京自由が丘での実験店舗を経て、神戸元町で本格スタートに至った。
シンボルのテーマは、リンゴ。(ニューヨークの街づくりテーマに起因)
無農薬だから… 赤いリンゴにくちびる寄せて の詩が発想となった。

《こころの勲章》
●全国の中学3年美術の教科書に、シンボルマークの代表作として掲載される。
●ニューヨークにおける『日本グラフィックデザイン展』にて、表彰を受ける。
●ドイツのデザイン専門誌に、日本の代表作の一つとして掲載される。
●インテリアの専門誌『商店建築』に、グラフィックデザイナーが担当した
 店舗設計として、神戸元町店が紹介される。施工・布谷ウインドウ
※このシンボルは、その後たびたび、盗作された。

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