kohno-fam 河野博光デザイン記

人とひとの出会いから 多くの思い出が できました

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

新宅産婦人科病院

イメージ 1

1985年作
素晴らしい産婦人科医師・山縣猛日氏との出会い。
東京の広告プロダクション社長田村氏からご紹介いただいた。
山縣猛日氏は、北海道出身で大変苦労されてきた、お医者さん。
毎日、出産に立ち会う度に喜びを感じるという…
髭を蓄えた笑顔に、やさしさと深さとがにじみ出ている方。

当時、お勤めになっていたのが岡山の新宅産婦人科病院。
その新宅院長が急死され、独立開院を先延ばしにし、なんとか在任中に
これからの産婦人科病院のありかたをしっかりと残しておきたいと願い、
院長を引き受けられました。

全職員・医師の意識改革と父母教育、その為のイメージ創り。
熱く、人の生き方、家族、座右の銘、子育て論、正しい食事、断食…
時間もわすれ、酒を酌み交わせ語り合いました。
大変波長が合って、感激したのを今でも覚えています。男が男に惚れた。

物事をデザインする… この感動が原点なんですね

山縣猛日氏の人柄に惚れて、出てきたテーマが=ラブリークリニック。
あたたかくて やさしい ピンクの十字にハートを重ねて完成したシンボル。
これがきっかけとなって、産婦人科病院のトータルデザインが始まりました。
(この作品は、『世界のCIデザイン・日本編』に掲載されました。)

現在、山縣猛日氏はご夫婦で、岡山県内にて
とてもアットホームな産婦人科医院『サン・クリニック』を開業されています。
産婦人科および子育てのご相談には、絶対おすすめです。

欧州日本交流協会

イメージ 1

1986年作
1970年代後半から徐々に諸外国のクリエーターとの親睦が深まった。
その中でも家族付き合いが始まったのが、フランスの工業デザイナー J.Pヴィトラック氏。
フランス語の通訳をしていた、村上智子女史から紹介を受けたのが始まりでした。

J.Pヴィトラック氏は、親日家で毎年日本を訪れ、日本企業の製品デザインを多数手がけていた。
彼が東京でデザイン講演会を開くときには、ポスターやパンフレットを。
作品集を出版する時には、日本語ページのデザインを私が手がけていた。
奈良に家族を連れてきた時には、我が家で子供同士がゲームに興じ、親同士は酒を酌み交わし
カラオケを楽しんでいた。

日本文化を沢山知りたいと彼は願っていた。日本家屋の作り方を教え、西洋では考えられない
刃物の造り方(鋼を削って作らず、熱した鉄を鍛え上げていく方法)を見せるために、
幼馴染の刀鍛冶師・河内国平氏の鍛錬場(東吉野村)まで案内した。
河内国平氏は、丁寧に刀造りの工程を現物を見せながら説明をしてくださり、
めったに一般の人が入れない鍛錬場に案内していただき、刀を鍛え上げる現場を
間近で拝見出来る事ができた。

それで、彼もカルチャーショックを受けたのか…
それまで日本に来て食べれなかった、おむすびを美味しそうに初めて食べた(本人も驚いていた)。
後日、円心流居合を習っている私は真竹を用意して、彼に居合の形を披露し竹を切って見せた。
…精神が洗われた様な気がすると語ってくれた。
後年、私がパリを訪れた時には、ヴィトラックデザインのスタッフと家族が暖かく迎えてくれました。

そんな関係から、徐々にヨーロッパの人たちとの輪が広がり、東京在住のヨーロッパグループと
出会いました。小さなEUです。
EJ ASSOCIATION(欧州日本交流協会)から、ぜひシンボルマークを作って欲しいとの依頼があった。
テーマは、ヨーロッパと日本との文化理解を深めたい。
何枚も何枚も筆で「日」の字を書き、気に入った1枚にアルファベットの「e」を重ねて完成した。

 翌年暮れ 父(力)他界。告別式にわざわざ、東京からEJ ASSOCIATION(欧州日本交流協会)の
メンバーが花をたむけに来てくださった。感謝

02

イメージ 1

森護人… 森は水を蓄え 川から海へ その恵みで人は生きている

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
最大10万円分旅行クーポンが当たる!
≪10月31日まで≫今すぐ応募!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事