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			<title>kohno-fam 河野博光デザイン記</title>
			<description>思わぬきっかけから、予想もつかない道を歩くものです。商業美術の道を尋ねて、時が過ぎてしまいました。たかが、グラフィックデザイナーの道。まだまだ、やり残しているものが…。いまだに、暗夜航路。思い出の作品や没作品、身勝手作品など、展示しながら…　気の合う仲間とデザイン（生き様）談義の場になればと願っています。まるで、人生　MyStory　なのか　Mystery　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kohno_fam</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>kohno-fam 河野博光デザイン記</title>
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			<description>思わぬきっかけから、予想もつかない道を歩くものです。商業美術の道を尋ねて、時が過ぎてしまいました。たかが、グラフィックデザイナーの道。まだまだ、やり残しているものが…。いまだに、暗夜航路。思い出の作品や没作品、身勝手作品など、展示しながら…　気の合う仲間とデザイン（生き様）談義の場になればと願っています。まるで、人生　MyStory　なのか　Mystery　</description>
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			<title>1969 バナナと青いみかん</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-11-37/kohno_fam/folder/729963/40/64711240/img_0?1501184895&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
『古いアルバムから復元シリーズ』&lt;br /&gt;
『バナナと青いみかん』&lt;br /&gt;
1969年（昭和44年）作　油彩　F12号&lt;br /&gt;
無性に静物画を描きたくなり、古いキャンバスの絵を塗りつぶした。&lt;br /&gt;
授業中に構図が決まった。朝、出かけに目に付いた『バナナと青いみかん』。&lt;br /&gt;
帰宅後、座卓に配置。パレットナイフ一本で、一気に描き上げた。絵の具をふんだんに使った贅沢な仕上げになってしまった。&lt;br /&gt;
この作品以降、油絵を描くことをやめてしまった。&lt;br /&gt;
この作品だけが手元に残った。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kohno_fam/64711240.html</link>
			<pubDate>Fri, 28 Jul 2017 04:48:15 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>1969 陶芸　水盤と灰皿</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-11-37/kohno_fam/folder/729963/81/64710181/img_0?1501092497&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
『古いアルバムから復元シリーズ』&lt;br /&gt;
陶芸　水盤と灰皿&lt;br /&gt;
1969年（昭和44年）作　生駒山麓東山鈴木窯にて&lt;br /&gt;
生駒駅から信貴電(現近鉄王寺線)乗車、無人の東山駅下車、橋を渡る。このあたりから、竜田の流れの風情を感じる。少し山手に登った処に、鈴木さんの窯がある。小学生の頃から、よく遊ばせてもらった。&lt;br /&gt;
この鈴木さんは、京都の瓦作りの家柄ながら、ここ生駒山中で陶芸の窯を開いた。&lt;br /&gt;
山の傾斜を利用した、手作りの登り窯。この辺りの松の木が、丁度良い焼き具合の温度を出してくれる…と話してくれた。&lt;br /&gt;
陶芸教室を開いてもらっていた。行く時には、決まって、参加人数分＋αの米を持っていく。&lt;br /&gt;
母たち女性グループは、鈴木さん宅が用意してくれた山菜や野菜を竃(へっつい)さんで調理しながら井戸端会議。&lt;br /&gt;
昼飯が出来上がるまで、僕たちは土ひねり。&lt;br /&gt;
お袋用に小さな水盤と親父用の灰皿を作った。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kohno_fam/64710181.html</link>
			<pubDate>Thu, 27 Jul 2017 03:08:17 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>1969 防火ポスター</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-11-37/kohno_fam/folder/729963/50/64707550/img_0?1500891973&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
『古いアルバムから復元シリーズ』&lt;br /&gt;
防火ポスター&lt;br /&gt;
1969年（昭和44年）作　B2判　ポスターカラー&lt;br /&gt;
消防庁が公募。見事に落選。自分ですごく気に入っていた。通常デザイン応募作品は返却されなかったが、落選通知後、何とか自分たちの作品展に展示したい…と、消防庁に手紙を出した。その2週間後に、丁寧に梱包され戻ってきた。感謝。&lt;br /&gt;
当時、レタリングの手本は、新聞記事の見出しや広告を切り抜いてスクラップブックに貼っていた。&lt;br /&gt;
この年のある日、桑山弥三郎著『レタリングデザイン』の書籍広告が目に飛び込んだ。即、町の本屋に取り寄せてもらった。&lt;br /&gt;
その中に、ヨコ棒が直線、カーブが滑らか、文字の懐がゆったり、優美で…洗練された英文活字、1950年へルマン・ツァップ(ドイツの書体デザイナー)制作『書体名＝オプティマ・Optima』のスマートさに匹敵する新書体『タイポス』があった。衝撃的だった。残念ながら、ひらがな・カタカナのみで漢字は無かった。ひらがな・カタカナの細部の形を参考に漢字のデザインを試みた。&lt;br /&gt;
※『タイポス』&lt;br /&gt;
1968年　グループ・タイポがデザイン&lt;br /&gt;
1971年頃　写植文字として、ひらかな・カタカナのみが『写研』から発売された、漢字は混植となる。&lt;br /&gt;
2008年　TypeBankが『漢字タイポス』として、フォント文字を発表するまで漢字はなかった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kohno_fam/64707550.html</link>
			<pubDate>Mon, 24 Jul 2017 19:26:13 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>1969 奈良観光ポスター</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-11-37/kohno_fam/folder/729963/08/64705808/img_0?1500776781&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
『古いアルバムから復元シリーズ』&lt;br /&gt;
奈良観光ポスター&lt;br /&gt;
1969年（昭和44年）作　B全判　ポスターカラー&lt;br /&gt;
奈良県文化会館(大仏殿近く)で開かれる、秋の奈良県高校美術展出品の為に制作。&lt;br /&gt;
廃材でB全版(728X1,030mm)のパネルを作り、ケント紙を水張り、全面赤絵の具で下塗り、その上に紺色を重ね、乾かぬうちに、刷毛目を入れた。さらに、ブルーのぼかしを入れて背景の空、三笠・春日奥山はマスキングして白のボカシ、大仏殿・興福寺・五重塔のシルエットは、黒ベタ塗りで完成させた。丸い月は、別のパネルに仕上げ張り合わせた。&lt;br /&gt;
奈良・NARAのレタリングは、金色のポスターカラー、写真なので白く見える。&lt;br /&gt;
繊細なボカシやグラデーションを作るには、どうしてもエアーコンプレッサーが欲しかったが、高嶺の華。折しも、『ピースコン』の名で、エアーブラシ＋エアーホース＋エアー缶のセットが、バイトすれば手に届く金額(当時約3,000円くらい)で売り出された。早速、行きつけの文具店に注文して取り寄せた。&lt;br /&gt;
自分で調合した色が、シューッとスプレー出来た！、感動。後日談、エアー缶がすぐに消費してしまい、買い足すのに四苦八苦(叔母やお袋に、頭を下げっぱなし)。部屋中にスプレーした絵の具の霧が飛び散っていた。見た目には解らなかった。床や机を拭く雑巾に、その日使ったポスターカラーの色がべったり。鼻の中もその色になっていた、タンを吐いたら同じ色。あ～あっ、ちょっとした天国と地獄。…で完成した。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kohno_fam/64705808.html</link>
			<pubDate>Sun, 23 Jul 2017 11:26:21 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>1969 土佐清水の夢</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-11-37/kohno_fam/folder/729963/14/64704714/img_0?1500682395&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
『古いアルバムから復元シリーズ』&lt;br /&gt;
『土佐清水の夢』&lt;br /&gt;
1969年（昭和44年）作　油彩　F12号&lt;br /&gt;
生駒山麓に戻っても、土佐清水の印象ばかりが夢に出る。&lt;br /&gt;
竜串の奇岩。海の透明感。素もぐりしたら、宇宙を遊泳している気分。カラフルな魚。海草の揺らめき。&lt;br /&gt;
満点の星空。磯で採った貝、大慌てのカニ。足摺岬の椿のトンネル。港に向う船。&lt;br /&gt;
どれもこれもが、生駒山育ちの兄弟には、新鮮で衝撃的だった。&lt;br /&gt;
洗濯岩の幾つもの潮溜りに、映りこんでいた。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kohno_fam/64704714.html</link>
			<pubDate>Sat, 22 Jul 2017 09:13:15 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>1969 下ノ加江川の木陰にて</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-11-37/kohno_fam/folder/729963/78/64703778/img_0?1500598906&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
『古いアルバムから復元シリーズ』&lt;br /&gt;
土佐清水市下ノ加江『下ノ加江川の木陰にて』&lt;br /&gt;
1969年（昭和44年）作　油彩　F12号&lt;br /&gt;
母の実家の前を流れる下ノ加江川。川原に下りると、用水路に水を取り込む為の堰がある。流れる水は堰から落ち、その作用で深みになっている。小魚、天然の鮎、手長エビ、ウナギがいる。大きな木陰もあって、川風が心地良く対岸を眺め、ボーッとするのが良い。&lt;br /&gt;
海から戻ったときには、石鹸を頭から足まで塗り付け、ザッブーンとひと泳ぎ、これで風呂要らず。&lt;br /&gt;
昼のおやつは、手長エビを獲って、川原で針金に刺して焼いて醤油で食べた。網を張って、鮎を獲り塩焼きにしてもらった。&lt;br /&gt;
夜には、川に潜って、石から頭を出しているウナギを専用のギザギザ鋏で捕まえた。伯父が蒲焼にしてくれたのは、すこぶる旨かった。&lt;br /&gt;
景色全体が、光と風が川の流れと相まって、踊っているように見えた。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kohno_fam/64703778.html</link>
			<pubDate>Fri, 21 Jul 2017 10:01:46 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>1969 砂浜と観音崎</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-11-37/kohno_fam/folder/729963/00/64702800/img_0?1500510071&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
『古いアルバムから復元シリーズ』&lt;br /&gt;
土佐清水市下ノ加江『砂浜と観音崎』&lt;br /&gt;
1969年（昭和44年）作　油彩　P8号&lt;br /&gt;
この白き砂浜は、３才の時を蘇らせる。&lt;br /&gt;
浪打際でボーッと初めて、でかい海を見ていた。突然！三つ又槍を持った、褌姿で大きな一つ目の入道が波間から出現。ぼくは、凍りついた。&lt;br /&gt;
大きなイセエビを採って来てくれた伯父だった。&lt;br /&gt;
大きな一つ目は、水中メガネ。槍は魚を獲るヤス。泣きながら笑った。&lt;br /&gt;
…あれから、14年。&lt;br /&gt;
この絵をスッケッチした時が、白い砂浜を見たのが最後だった。中学校と海岸との間にあった松林は風情が有り、ゴミ一つ無く、潮風が心地良い綺麗な砂浜だった。&lt;br /&gt;
1976年頃には、松林は切り取られ、分厚いコンクリート壁に囲まれ、2000年頃には、砂浜では無く、分厚く土が堆積し雑草が増え、見るも無残な、荒涼とした姿に変貌していた。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kohno_fam/64702800.html</link>
			<pubDate>Thu, 20 Jul 2017 09:21:11 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>1969 高台から観音崎を望む</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-11-37/kohno_fam/folder/729963/06/64701806/img_0?1500427374&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
『古いアルバムから復元シリーズ』&lt;br /&gt;
土佐清水市下ノ加江『高台から観音崎を望む』&lt;br /&gt;
1969年（昭和44年）作　油彩　F12号&lt;br /&gt;
土佐清水市下ノ加江、小学校の裏山の高台、母方の墓地がある所。ここからの眺めが良い。下ノ加江川の河口、港、観音崎の灯台、白い砂浜、土佐湾から足摺岬方面が見渡せる。&lt;br /&gt;
この港近くには、船大工の伯父、漁師の従兄弟、鰹節製造所を営む伯母も居た。&lt;br /&gt;
この辺りの田んぼが夏なのに黄金色をしているのは？&lt;br /&gt;
2期作で刈入れ間近の稲の実り。秋の収穫に備え、盆過ぎに2期目の田植えが始まる。&lt;br /&gt;
滞在中の大半は、毎早朝、漁師の従兄弟に沖へ漁に連れて行ってもらっていた。ソーダカツオ、天然ハマチ、シーラ…。トビウオが波頭から滑空して飛んでいく、始めて見た、感動だ。&lt;br /&gt;
船上で釣りたての魚をさばいて食べる漁師料理は、格別だった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kohno_fam/64701806.html</link>
			<pubDate>Wed, 19 Jul 2017 10:22:54 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>1969 世界人権宣言ポスター</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-11-37/kohno_fam/folder/729963/22/64700922/img_0?1500341774&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
『古いアルバムから復元シリーズ』&lt;br /&gt;
世界人権宣言ポスター　奈良県(2年連続)金賞&lt;br /&gt;
1969年（昭和44年）作　B2判　ポスターカラー&lt;br /&gt;
朝鮮戦争は、1953年に休戦状態に。&lt;br /&gt;
ベトナム戦争は、1955年に勃発。&lt;br /&gt;
第二次世界大戦は、1945年8月広島・長崎原爆と共に終結。&lt;br /&gt;
もう世界から戦争は無くなったとばかりの…教育を受け育ったが…、ベトナムでは戦火が続いていた。&lt;br /&gt;
このポスターを描いた年、アメリカから広島・長崎原爆投下と被爆状況を記録したフィルムが返還され、TV放映された。あの悲惨な情景の映像は、痛烈に心に突き刺さった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kohno_fam/64700922.html</link>
			<pubDate>Tue, 18 Jul 2017 10:36:14 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>1969　とよ子の肖像</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-11-37/kohno_fam/folder/729963/32/64700132/img_0?1500273416&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
『とよ子の肖像』&lt;br /&gt;
生駒高校3年の時、毎朝、一分(いちぶ)駅の小さな雑貨屋の横で僕を待っていてくれる彼女が「こうのくん」と現れた、とよ子ちゃん。駅から高校まで　徒歩約20分　が　こころしずかな時間だった。全く美人では無い。&lt;br /&gt;
クラスは違ったけれど、知性派、新聞部の女性だった。僕は、美術部と掛け持ちで新聞部の見出しのレタリングや挿絵を手伝った。おかげで、高校最終年、遅刻・ズル休み無しの皆勤賞。&lt;br /&gt;
※この絵は、押川君と二人展を決めてから、夢に　とよ子ちゃんが　紅い丸首のセーターを着た姿で見えた　その印象を描いた作。卒業後、この絵をキャンバスから剥がして彼女に渡した。僕の恋は、また終った。彼女の申しわけそうな顔が浮かぶ。知恵者Y君(新聞部部長)が後日話してくれた、新聞報道の仕掛けを企んで、僕に仕掛けた事だった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kohno_fam/64700132.html</link>
			<pubDate>Mon, 17 Jul 2017 15:36:56 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
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