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杉原千畝、日本政府の命令に背いてユダヤ人にビザを発給し、6000人のユダヤ人を救った外交官。「命のビザ」として歴史教科書にも載っている余りにも有名な話で、2015年唐沢寿明主演で映画にもなりましたが、実はこの話、かなりのフィクションが含まれているのです。

もちろん、杉原千畝の功績を否定するわけではありません。実際、ビザを発給し続け、6000人のユダヤ人を救ったことに間違いはありませんが、別に日本政府の命令に背いたわけではなく、日本政府は国としてユダヤ人を救う方針を示していたのです。

1938年、五相会議(首相、陸相、海相、外相、蔵相の会議)で、板垣征四郎陸相は「特定の民族を差別することは、神武天皇以来の建国の精神に反する」と述べ、日本政府はナチスドイツの要請を拒否し、ユダヤ人保護を表明しているのです。

そもそも、杉原千畝がいくらビザを発給しても、日本政府が拒否したら、ユダヤ人は
日本に入国することなどできなかったのです。ですが、ユダヤ人はちゃんと日本に入国しています。

そのことからも、杉原千畝は政府の命令に背いてユダヤ人にビザを発給したわけでは
なく、ユダヤ人を救うことは日本国としての方針だったことは明らかです。

日本がユダヤ人保護を国の方針として決定するキッカケとなったのが、1938年3月に
満州国国境で発生した「オトポール事件」でした。杉原千畝より2年も前にユダヤ人を救った偉大な日本人がいたのです。その名は樋口季一郎。

1938年、ナチス・ドイツの迫害から逃れた2万人のユダヤ人難民が、シベリア鉄道に
揺られて満州国の国境オトポール駅までやってきました。しかし、満州国は入国をなかなか認めようとはせず、ユダヤ人難民は足止めをくっていました。

厳寒期に旅費も食事も防寒服も満足にないユダヤ人難民を長く足止めしていたら、凍死してしまいます。しかも、満州国がユダヤ人難民の入国を認めなければ、ソ連によって強制送還される運命にありました。

そこで、関東軍特務機関長だった樋口季一郎少将は必死に満州国に働きかけ、躊躇する満州国に痺れを切らし、独断でユダヤ人難民を受け入れることを決断したのでした。

当時、日本政府と満州国政府はナチスドイツとの関係を深めており、樋口季一郎少将の行動は大きな問題となりました。関東軍参謀長の東条英機中将に呼び出された樋口は「参謀長、ヒトラーのお先棒を担いで弱いものいじめすることは正しいと思われますか」と東條に語りかけました。

東条英機参謀長は樋口季一郎少将の話に理解を示し、樋口の行動を不問に付しました。ドイツ外務省は日本政府に対して強硬な抗議を行いますが、東條英樹参謀長は「当然なる人道上の配慮によって行ったものだ」として一蹴しました。

ちなみに、オトポール事件で樋口季一郎少将がユダヤ人難民を受け入れる際、特別列車を手配し、ユダヤ人難民を上海租界に運んだのが当時の満州鉄道総裁の松岡洋右でした。

杉原千畝だけでなく、樋口季一郎、松岡洋右そして東條英機もユダヤ人を救った偉大な日本人としてもっと知られるべきなのです。人道的な働きをした東條英機、松岡洋右そして板垣征四郎は戦後の東京裁判で戦犯として処刑(松岡は獄中で病死)されてしまいました。

しかも、結局実現しませんでしたが、満州国ではユダヤ人難民の移住を進め、ユダヤ人の安住の地を築こうという河豚計画も進められていました。

第二次大戦時、満州国に3000人、上海の日本人租界には2万人のユダヤ人が暮らしていました。ナチスドイツと軍事同盟を結んでいた日本が最もユダヤ人保護に尽力していたのです。

杉原千畝の話には続きがあります。戦後、杉原は訓令に背いたとして外務省と解雇されたと言われていますが、それも事実ではないです。

昭和22年に杉原千畝が外務省を退職したのは事実ですが、戦後GHQに日本が占領されたため、海外の大使館閉鎖等の影響で外交事務が激減し、それに伴い人事整理が行われたことが要因なのです。

戦後、外務省を退職した杉原千畝には退職金が支給され、その後の年金も支払われています。命令違反による免職ではなかったのです。

ちなみに、杉原千畝はリトアニア領事館領事代理としてビザを発給した後も、ヨーロッパ各国の公使館に勤務し、1944年には勲五等瑞宝章を受章しています。命令違反であれば、戦後ではなく、そのとき処分されたはずですし、勲五等瑞宝章を受章できるわけがありません。

杉原千畝に関して、日本政府がユダヤ人へのビザ発給を拒否というのは如何に捏造された話であるかを、元外交官の馬渕睦夫氏が詳細に明らかにしています。

☆【大道無門】馬渕睦夫と国難の正体を暴く

杉原千畝を過大に美化する背景には、戦前の日本政府そして日本軍は悪だったということを強調したい反日勢力の思惑があるような気がしてなりません。樋口季一郎、松岡洋右そして東條英機の功績が知られていないのは自虐史観に洗脳された弊害そのものです。

樋口季一郎、松岡洋右そして東條英機の功績を日本人はもっと知るべきですし、自国の歴史に誇りをもつべきです。日本は国としてユダヤ人を救った唯一の国なのです。
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  • こんにちは。転載させてくださいね。

    [ テンちゃん ]

    2018/1/28(日) 午後 4:13

    返信する
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    テンちゃんさん
    よろしくお願いします。

    [ koh*u53*2 ]

    2018/1/28(日) 午後 4:24

    返信する
  • 顔アイコン

    杉原千畝さんだけが、多くのユダヤ人を救ったと称賛されますが、日本国を挙げて救ったことを知らない日本人は多いですね。
    イスラエルの人の方が、真実をよく知っている。
    このような、歴史の真実は、何とかして多くの日本人へ知らしめるべきです。
    私の父親は、戦後も東條首相の理解者でした。
    この話も父から聞いたことがありますが、歴史の真実を教えてもらわなかった日本人は、自虐史観にすっかり汚染されました。
    今は私たち大人が、子供たちへつたて行かなければならない責任があると思います。

    [ ゲンゴロウ ]

    2018/1/28(日) 午後 8:14

    返信する
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    ゲンゴロウさん
    私も日教組教育による自虐史観に洗脳されており、つい最近まで知りませんでした。広く拡散しないとダメですね。本当に自虐史観は罪深くて日本をダメにしますね。

    [ koh*u53*2 ]

    2018/1/28(日) 午後 8:20

    返信する

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