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京都の銀行は、ほとんどが重厚な近代建築である。
れんが作りとか、石造りで、本当にすごい建物ばかりだ。

それが、一気に姿を消していく。
京都の景観の宝がまたなくなっていく。
個人的には、本当に悲しい話なのだ。

写真で見てもらったら分かるが、とうとう、
四条烏丸の旧の東京三菱銀行も解体されてしまった。
今は、工事の囲いが残るのみだ。

そして、烏丸通り沿い西にあった住友銀行が解体されて、もうなくなっている。
どちらも、大正時代の有名な建築物。
まさか、こんなに簡単に壊されるなんて思わなかった。

耐震性に問題があるらしく解体したと言うが、補強できない物なのか?

一応、当時の新聞では、日本建築史学会が三井住友銀行に保存の要望書を出したらしい。
でも、売却されてしまっていて、もうすぐマンションかホテルに変わってしまう。
四条烏丸の旧京都丸紅ビル、つまり「COCON烏丸」の設計をした、そして、日建設計の基礎を作ったと言われる長谷部鋭吉が設計したのだ。

三条通と烏丸通りは、このようなレンガ造りや、石造りの重厚な建築が多い。
なんで烏丸あたりが、京都の中心部として、ただのオフィス街になっていないのか、僕はそれは、こられの建物があるからだと思っている。
町屋をつぶすのなら、せめてこれらの古い建築物を残せたら、と思う。

旧第一勧業銀行は、みずほ銀行になってから、三条烏丸のビルを保存してくれることになった。
だから、みずほ銀行には、個人的にすごく感謝している。
この位置の建物がなくなったら、本当に、三条通りの景観に影響が大き過ぎるからだ。

かつて、四条烏丸の四つ角は、3つまでが銀行で埋められていた。
北西はUFJ銀行、北東は三井住友銀行だった。つまり、三井ビルだ。
三井ビルは、角の部分のみが残されて、近代ビルに変わった。
そして、東京三菱銀行は、四条烏丸の東南にあった。
この取り壊しに対しては、日本建築学会が保存要望書を頭取に出したらしい。
http://www.aij.or.jp/scripts/request/document/981022.htm
これは、丸の内ビルの設計をした桜井小太郎が設計した由緒ある建物。

どれもものすごく歴史的価値が高い重要な文化財だった。
もう二度と作れないし、元には戻せない。
今のビルなんか残しても、ほとんどのビルは100年後に貴重な物になるわけがない。

僕は一時期毎日ここを通ったものだ。
壊された烏丸通の住友銀行は僕の口座があったところだし、UFJも今でも良く行く。
観光客は知らないけれど、僕の記憶にはこれらの建物は今でもずっと残っている。

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