【京都をこよなく愛する人たちのために〜】

京都をこよなく愛する人たちへ・・・京都の穴場、京都のおいしいカフェ、京都独自の面白いイベントを一緒に探しましょう!

京都の神社・仏閣

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]

イメージ 1

京都の紅葉情報だが、先週末の時点での速報だ。

今日は、一応、すべての地域で見頃になっている。

先週までは、まだまだ紅葉の赤さを見れる状況ではなかったが、
そろそろ見頃の時期だ。

今年は、かなり遅れてしまったな。
12月にずれ込むと言う予報は、かなり当っていたかもしれない。
このままだと、来週の土日も、京都はたくさんの人で混雑しそうだ。
でも、場所によっては、まだ赤くなっていないモミジが結構あった。
イチョウも、まだ緑色の葉が残っている木も多い。

しかし、この土曜日、日曜日、はすごい人出だ。
やっと秋の紅葉鑑賞の季節なんだから仕方ない。。
寒くなって来たので、これで、例年並みとまでは行かないが、きれいな紅葉が見れると思う。

開く トラックバック(1)

京都の紅葉情報

イメージ 1

イメージ 2

京都の紅葉情報だが、
今のところ、紅葉の状況はこんな感じだ。

まだまだ紅葉を見に行く、と言う状況ではなさそうだ。
もうちょっと時間が要るだろう。

今年は、異常気象の影響か、毎年よりも1ヶ月ぐらいずれて、
12月にずれ込むと言うのが、実情らしい。

本当にきれいになるのはまだ時間がかかりそうだ。
と言うよりも、緑色したモミジがあるぐらいだから、まだまだかもしれない。
山側や高い場所から赤くなっていっているので、もう少しだろう。

ここ最近、11月の土曜日、日曜日、の京都は、ものすごい混雑だ。
観光地となると、もうすごい人だかりで歩くのも大変だ。

しかし、まだ、紅葉は赤くなっていないのだ!
もっと遅くから来ても、十分紅葉は楽しめる。


まだまだ秋の紅葉鑑賞には遠いだろうな。
みんな焦らずに待とう。


もう少ししたら、きれいな紅葉が見れると思う。

淳和院の礎石

イメージ 1

淳和院の礎石の話。

天長年間に、淳和天皇が、西院「淳和院」と言う後院を作ったことは、以前に西院の記事で書いたと思うけど、その礎石がこれだ。

淳和天皇は、天長10年(833年)2月28日、仁明天皇に天皇の位を譲位され、以前の記事に書いたように、淳和院(西院)に移ってきた。
その為、このあたりが「西院」と呼ばれる、と言う記事を書いた。

この時、淳和天皇は、あの有名な奈良の春日大社から、神様を分祀してきた。
西院に春日神社があるのはそう言うわけで、名前が似ていると言うのではなくて、実際に、奈良の春日神社の分社なのだ。
だから、鹿の像があるのだろう。
ここは、病気平癒・交通安全の大神として有名だ。

なんか考古学っぽくなってきたが、この石を見ていると、かなりおおがかりな建物だったことが分かる。

淳和天皇と言えば、平安時代の初期、なんだから、すごく古い時代だ。
もうかれこれ1200年弱はたっている。

つまり、これは、ものすごい古い石なのだ。

他の物って、なんでも消えていってしまうけれど、石って、一番長い間残るもんなんだろうな。


ここには、いろいろな伝説がある。
病気平癒の石や、旅行に関する石の話は、また続きを書こう。。

開く トラックバック(1)

イメージ 1

愛宕神社の「千日詣(千日参り)」

台所の火災予防のお札で、超有名な愛宕神社の「1000日参り」です。
この31日から1日の深夜に、愛宕山頂の愛宕神社に、参拝したら、その1回だけで1000回分のご利益がある。
と言うわけで、これまた、たくさんの人が登山に行ったらしい。僕は行ってません。
体力が持ちません。
土曜日の晩だったら、もっと多かったのかもね。
結構急な参道だったはず。 昔よく登ったのだ!
これは京都人だけなのかも知れんけど、「おのぼりやす」「おくだりやす」と、わけの分からない挨拶をしながら登らなければならず、かと言って、無視するわけにも行かず、息切れしながら「しんどいのにいちいちばかばかしい」とか思いながら登ったものだ。

標高924Mの愛宕山。
山頂に全国に800から900と言われる傘下の愛宕社がある。
「火迺要慎」の札は、いろいろな台所に貼ってありますね。

なんと、数え3歳までに登ると、その子はその後の生涯もう火災に遭わないと言われる、すごい神社なのだ。
と言いながら、はっきり言って、3歳児なんか連れて、登ろうと思ったら、めちゃくちゃしんどいに違いない!結構しんどい山なのだ。しかも、深夜の登山なんやし。
まあ、でも確かに子供背負ってる人は時々います。

愛宕神社は山頂にあるんだけど、7月31日の深夜以外は、お札を売ってません。
愛宕山山頂の火の神様、迦倶槌命様をお祀りする。
確か、あの和気清麻呂が開いたと言われるはず。
京都では、都を守る愛宕さんには信仰が厚くって、「お伊勢七度で熊野へ三度、愛宕山には月参り」と言う。
こんなしんどい山を登ってたんやね。

これは、あまり知られてないけど、たしか「本能寺の変」の直前、明智光秀自身がここにお参りに来たのだ。
織田信長が来てたなら、本能寺も燃えなかったかも知れんな。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

子宝と安産の神様と言えば、地主神社や鈴虫寺から始まって、京都中にたくさんある。
さて、金閣寺の南、西大路通りを南へ行くと、わら天神、平野神社、北野天満宮が集まってます。この辺は、立命館大学もあります。

わら天神と言うのは、この辺では有名な神社で、正式には「敷地神社」と言って、古くから安産の神様として信仰が厚い神社である。ここは、金閣寺に近いのに、観光客もほとんどいない穴場である。
祭られている神様方は、天日鷲命,木華開耶姫命,栲幡千々姫命となっており、まず、霊 験は、安産、子授け、必勝開運成功、商売繁盛、各種試験合格、となっている。

敷地神社というより、”わら天神”として、知られている。
この辺のバス停の名前も、「わら天神前」だし、この辺じゃ、敷地神社と言った方が分からない人が多いかもしれない。
だいたい、なぜだか、鳥居の額にも「わら天神宮」と書いてあるんだから、わら天神宮なのだ。
それに、またの名を”はら帯天神”とも言うほど、安産守護の神様として信仰されている。

ここでは、「わら」で作った護符を授かるので、わら天神と呼ばれている。
ちなみにわらの護符は、節があれば男の子、節が無ければ女の子が授かる、と言われているのだ。
結構、当たるらしい。
古い信仰が続いている良い例だ。

本殿の左の方に行くと、神木がある。
「綾杉明神」と書いてあり、杉の巨木の根だけが祀られている。
これは明治二十九年の大暴風雨で倒れた木の根で、樹齢千五百年というから、ものすごい。
写真でも分かる通り、かなり大きな切り株である。

伝説では、神功皇后が出てくる。皇后が子供を身ごもった際、この綾杉の下にて腹帯を結んだと言う。
わらの安産御守のほか、安産、授子祈祷や腹帯、産衣を授与しているので、行ってみてはいかがだろう。
妊娠9ヶ月9日の日には授乳祈願の「甘酒」の授与があるらしい。

実は、古の昔、記録によれば、奈良時代末期にはすでにあったといわれ、「北山の神様」と言われており、その頃は、金閣寺の北西にあったらしい。

ここで、金閣寺が出てくる。
足利義満が1397年、(応永4年)金閣寺を造営する際、この神様を南側の現在地に移したと言うのだ。金閣造営の際の鎮守神として現在地に移転されたらしいから、すごい神社なのだ。

本殿の右側に、六勝稲荷と言うお稲荷さんがあった。
六回勝つなんて、縁起が良い名前だ。
このお稲荷さんも、衣笠山に祀られていたらしくて、それを明治初期に移したらしい。
名前のとおり、昔から必勝開運成功の神様として崇拝されており、商売繁盛、とくに入学試験、諸種試験合格祈念の参詣者が多いらしい。

境内は思ったよりも広くて、閑散としているけど、社殿もきれいだし、厳かな雰囲気だ。

敷地大社(わら天神宮)
京都市北区衣笠天神森町
075-461-7676
拝観時間 日中随時
拝観料 無料
交通アクセス
京福電鉄 北野線「北野白梅町」より徒歩15分
市バス「わら天神前」より徒歩1分

開く トラックバック(1)

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
koi*u*a
koi*u*a
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

ブログバナー

検索 検索

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事