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京都の紅葉情報だが、先週末の時点での速報だ。 今日は、一応、すべての地域で見頃になっている。 先週までは、まだまだ紅葉の赤さを見れる状況ではなかったが、 そろそろ見頃の時期だ。 今年は、かなり遅れてしまったな。 12月にずれ込むと言う予報は、かなり当っていたかもしれない。 このままだと、来週の土日も、京都はたくさんの人で混雑しそうだ。 でも、場所によっては、まだ赤くなっていないモミジが結構あった。 イチョウも、まだ緑色の葉が残っている木も多い。 しかし、この土曜日、日曜日、はすごい人出だ。
やっと秋の紅葉鑑賞の季節なんだから仕方ない。。 寒くなって来たので、これで、例年並みとまでは行かないが、きれいな紅葉が見れると思う。 |
京都の神社・仏閣
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京都の紅葉情報だが、 今のところ、紅葉の状況はこんな感じだ。 まだまだ紅葉を見に行く、と言う状況ではなさそうだ。 もうちょっと時間が要るだろう。 今年は、異常気象の影響か、毎年よりも1ヶ月ぐらいずれて、 12月にずれ込むと言うのが、実情らしい。 本当にきれいになるのはまだ時間がかかりそうだ。 と言うよりも、緑色したモミジがあるぐらいだから、まだまだかもしれない。 山側や高い場所から赤くなっていっているので、もう少しだろう。 ここ最近、11月の土曜日、日曜日、の京都は、ものすごい混雑だ。 観光地となると、もうすごい人だかりで歩くのも大変だ。 しかし、まだ、紅葉は赤くなっていないのだ! もっと遅くから来ても、十分紅葉は楽しめる。 まだまだ秋の紅葉鑑賞には遠いだろうな。 みんな焦らずに待とう。 もう少ししたら、きれいな紅葉が見れると思う。
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淳和院の礎石の話。 天長年間に、淳和天皇が、西院に「淳和院」と言う後院を作ったことは、以前に西院の記事で書いたと思うけど、その礎石がこれだ。 淳和天皇は、天長10年(833年)2月28日、仁明天皇に天皇の位を譲位され、以前の記事に書いたように、淳和院(西院)に移ってきた。 その為、このあたりが「西院」と呼ばれる、と言う記事を書いた。 この時、淳和天皇は、あの有名な奈良の春日大社から、神様を分祀してきた。 西院に春日神社があるのはそう言うわけで、名前が似ていると言うのではなくて、実際に、奈良の春日神社の分社なのだ。 だから、鹿の像があるのだろう。 ここは、病気平癒・交通安全の大神として有名だ。 なんか考古学っぽくなってきたが、この石を見ていると、かなりおおがかりな建物だったことが分かる。 淳和天皇と言えば、平安時代の初期、なんだから、すごく古い時代だ。 もうかれこれ1200年弱はたっている。 つまり、これは、ものすごい古い石なのだ。 他の物って、なんでも消えていってしまうけれど、石って、一番長い間残るもんなんだろうな。 ここには、いろいろな伝説がある。
病気平癒の石や、旅行に関する石の話は、また続きを書こう。。 |

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子宝と安産の神様と言えば、地主神社や鈴虫寺から始まって、京都中にたくさんある。 さて、金閣寺の南、西大路通りを南へ行くと、わら天神、平野神社、北野天満宮が集まってます。この辺は、立命館大学もあります。 わら天神と言うのは、この辺では有名な神社で、正式には「敷地神社」と言って、古くから安産の神様として信仰が厚い神社である。ここは、金閣寺に近いのに、観光客もほとんどいない穴場である。 祭られている神様方は、天日鷲命,木華開耶姫命,栲幡千々姫命となっており、まず、霊 験は、安産、子授け、必勝開運成功、商売繁盛、各種試験合格、となっている。 敷地神社というより、”わら天神”として、知られている。 この辺のバス停の名前も、「わら天神前」だし、この辺じゃ、敷地神社と言った方が分からない人が多いかもしれない。 だいたい、なぜだか、鳥居の額にも「わら天神宮」と書いてあるんだから、わら天神宮なのだ。 それに、またの名を”はら帯天神”とも言うほど、安産守護の神様として信仰されている。 ここでは、「わら」で作った護符を授かるので、わら天神と呼ばれている。 ちなみにわらの護符は、節があれば男の子、節が無ければ女の子が授かる、と言われているのだ。 結構、当たるらしい。 古い信仰が続いている良い例だ。 本殿の左の方に行くと、神木がある。 「綾杉明神」と書いてあり、杉の巨木の根だけが祀られている。 これは明治二十九年の大暴風雨で倒れた木の根で、樹齢千五百年というから、ものすごい。 写真でも分かる通り、かなり大きな切り株である。 伝説では、神功皇后が出てくる。皇后が子供を身ごもった際、この綾杉の下にて腹帯を結んだと言う。 わらの安産御守のほか、安産、授子祈祷や腹帯、産衣を授与しているので、行ってみてはいかがだろう。 妊娠9ヶ月9日の日には授乳祈願の「甘酒」の授与があるらしい。 実は、古の昔、記録によれば、奈良時代末期にはすでにあったといわれ、「北山の神様」と言われており、その頃は、金閣寺の北西にあったらしい。 ここで、金閣寺が出てくる。 足利義満が1397年、(応永4年)金閣寺を造営する際、この神様を南側の現在地に移したと言うのだ。金閣造営の際の鎮守神として現在地に移転されたらしいから、すごい神社なのだ。 本殿の右側に、六勝稲荷と言うお稲荷さんがあった。 六回勝つなんて、縁起が良い名前だ。 このお稲荷さんも、衣笠山に祀られていたらしくて、それを明治初期に移したらしい。 名前のとおり、昔から必勝開運成功の神様として崇拝されており、商売繁盛、とくに入学試験、諸種試験合格祈念の参詣者が多いらしい。 境内は思ったよりも広くて、閑散としているけど、社殿もきれいだし、厳かな雰囲気だ。 敷地大社(わら天神宮)
京都市北区衣笠天神森町 075-461-7676 拝観時間 日中随時 拝観料 無料 交通アクセス 京福電鉄 北野線「北野白梅町」より徒歩15分 市バス「わら天神前」より徒歩1分 |




