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ひとつさかのぼるが、残る「西御座」だ。 宮本講社神宝奉持列、「中御座」、「東御座」に続き、 還幸祭の「西御座」だ。 ちょうど、他の2基が八坂神社に着いている頃、まだ寺町通りを行くのだ。 かなり熱がこもって、なかなか進まないらしい。 全て八坂神社に揃ったのは、もっと遅かった。 これも撮ってもらったが、これは、きれいに撮れていたのだ。
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京都のお祭り
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祗園祭は、もともとは疫病の退散を願う御霊会である。 そして、1ヶ月間に渡り壮大に繰り広げられた祇園祭を締めくくるのが「夏越祭」だ。 「夏越祓」、「疫神祭」とも言う。 7月31日、八坂神社の摂社である「疫神社」で行われる。 祭関係者ら約400人が、境内の鳥居に設けた茅輪をくぐり、茅輪を潜って祈願し、悪疫退散、無病息災を願うのだ。 もちろん、「祇園祭山鉾連合会」の関係者も、疫神社での神事に参加する。 神事の後、茅を編んだ高さ2mぐらいの「茅輪」を順番にくぐり抜けて、厄を払い落とすのだ。 そして、茅で小さな茅輪を作って厄払いに持ち帰り、玄関に掲げ、疫病退散・厄除けのお護りにするのだ。 (なお、「夏越祭」や、「茅輪くぐり」は、他の神社でも結構やっている行事だ。) さて、八坂神社境内にある「疫神社」は、「蘇民将来」を祀る神社だ。 疫神社に祀られている「蘇民将来」は伝説上の人物だ。 ある夕暮れに、祖神(素戔嗚尊)が金持ちの「巨旦将来」の家に宿を請うたが、裕福なのに断った。 次に、貧しい蘇民将来に宿を請うたところ、快く迎え入れ、粟殻の座を作り、粟の粥を作ってもてなしてくれた。 そこで「われはハヤスサノヲの神なり」と言われ、 疫病が流行ったとしても、茅の輪をつけて、「蘇民将来の子孫なり」と言えば、疫病から守ってやろう、と約束された。 その後、裕福な巨旦将来の子孫は絶えてしまい、蘇民将来の子孫は今も繁栄している、と言う。 その蘇民将来が祀られている神社が、「疫神社」なのだ。 茅の輪に、「蘇民将来之子孫也」というお札をつけるのは、そう言うわけだ。 そこで、「夏越祭」では、鳥居に付けられた大きな茅輪をくぐる神事があるのだ。 今日、この神事で、1日の吉符入りで始まった1ヶ月間の祗園祭の全ての行事が終了するのだ。
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24日の夜の「還幸祭」 宮本講社神宝奉持列、「中御座」に続き、「東御座」が還ってきた。 この日も、四条通は車は止められ、神輿の大行列が続く。 熱のこもった行列が、改装中の高島屋の前を通り、四条河原町の交差点を横切って行く。 「東御座」も気合が入っているようだ。 残るは、「西御座」だ。 全て揃うのは、もっと遅くなりそうだ。 この日はどの写真も自分で撮れないので、全部撮ってもらったが、なかなか動く被写体はうまく撮れないみたいだな。 夜と言うのもあるが、どうしても、デジカメが着いていかない。
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24日は、祇園祭の「花傘巡行」が行われる。 昔は、あとの祭で山鉾巡行があったのだが、今は17日の山鉾巡行に統一されてしまっている。 そして、その日の夜、「還幸祭」が行われ、3基の神輿が「四条御旅所」から八坂神社におかえりになるのだ。 「還幸祭」は、17日の「神幸祭」で八坂神社から四条御旅所に鎮座された3基の神輿が、八坂神社におかえりになる壮大な神事なのだ。 夕方から、昨日書いた宮本講社神宝奉持列、馬に乗った久世駒形稚児に続き、「中御座」、「東御座」、「西御座」の3基の神輿が御旅所を出発する。 久世の駒形稚児に関しては、また詳しく書こう。 3基の神輿は、四条御旅所から、掛け声とともに、氏子地域を練り歩く。 しかし、この日は暑かった。 神輿はかなり重いので、それは大変だ。 差し上げは、神輿を高く持ち上げて揺さぶることだが、これも結構盛り上がるのだ。 コースは違うが、大政所と三条御供社は、必ず通る。 氏子区域の通りの町家には、提灯が飾られ、待っている。 3基が揃うのには時間がかかる。夜遅くに、神輿3基がやっと到着する。八坂神社では、舞殿を3周まわって、舞殿に鎮座させる。 24日夕方から始まった神輿渡御も、氏子たちが見守る中、無事に終わったのだ。
これで、今年の祇園祭の主要行事はほぼ終わりに近づいた。 |

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24日は、祇園祭の花傘巡行が行われた。 そして、この日の夕方からは、いよいよ「還幸祭」だ。 3基の神輿が「四条御旅所」から八坂神社におかえりになるのだ。 先頭を行くのは、宮本講社神宝奉持列。 八坂神社のご神宝を運ぶのだ。 ご神宝も3基の神輿と一緒に、「四条御旅所」に置かれている。
神宝には、剣、弓、盾、琴などがある。 天皇陛下より神輿行列の許可を賜ったと言われる「勅板」が捧げ持たれる。 菊の御紋が付いているのだ。 これは、やはり、宮本講社神宝奉持列の最前列を行くのだ。 |



