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京都のお祭り

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<京極子どもみこし>

5月5日は、こどもの日。
この日は、上御霊神社の「京極子どもみこし」が出てくる。
別名「青葉郷」、「京極青葉こどもみこし」、と言われる。

5月18日、御霊神社の御霊祭があるが、それより前に子どもみこしが巡行する。

昭和27年、戦時を越えた京極小学校区の人々が、子ども達に夢と平和を与えるためにと、寄付したのが、この子どもみこしだ。
今年で、54回目。
確か、京極小学校の同窓会が「青葉会」なので、「京極青葉みこし」と言うのだ。



京極小学校は、藤原道長の「京極土御門殿」のあった所あたりに建つと言われる。
ちなみに、この小学校区は、明治天皇が生まれた地でもある。



京極学区の小学校児童たちが、この「京極青葉みこし」を運んで行く。
着いていくPTAも警察も大変だ。
同伴する御霊太鼓が叩かれながら、上御霊神社で祈祷を受けてから出発して、出町を練り歩く。
子ども達の元気な神輿を見て、ちょっと昔の子供時代を思い出すのだ。


こう言う地域の子ども達の「おみこし」や「行事」があると言うのは、僕はとても良い事だと思うのだ。

祭の準備

京都は葵祭の準備に入ってきた。

行列に参加する人たちは、結構張りきっていたりする。

晴れるだろうか?

葵祭の開催される5月15日は、月曜日だ。

今年、見にいけそうにないな。

その他にも、祭が行われる地域では準備が進んでいる。

それが明けると、夏に入っていくのだ。。
室町行列だが、2007年に、時代祭に登場予定だ。

もう、平安講社では、イメージは出来ているらしい。

行列構成は、室町幕府の武装行列と庶民の風流行列らしい。
風流とは、当時、京都で大流行した踊りだ。

時代祭を作った時に、足利尊氏が後醍醐天皇を追放した逆賊になっていた為に、室町時代の列ははずされたらしい。
でも、もっと、天皇を追い出したりしている人もいるのだ。
織田信長も結構ひどい扱いをしていたんじゃないのか??


ところで、もともと足利尊氏だけを逆賊にするなんて、明治の歴史改造に違いない。

そもそも、京都の祭に室町時代がない事自体おかしい。
それなら、金閣寺と銀閣寺を観光地にするなよ。。隠しとけ。
北山文化、東山文化がないなんて、おかし過ぎる。

源頼朝、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、が行列にいて、それで、彼らは天皇から政治を取り上げてないのか??
なんで足利尊氏だけがだめなのか??
しかも、この内、京都を主体で政治をしてくれた人は、足利尊氏だけか?
後は、全然関係なかったり、関係あっても、どうなんだろう?と思う人ばかりだ。
阪本竜馬などは京都と言われてもイメージあるけど。。
一時代を築き上げた、足利将軍家が参加していない行列は、不完全なのだ。
京都の祭なのに、唯一、京都の室町に幕府を開いた足利氏が無視されたのもおかしな話だ。

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時代祭 10月22日

22日土曜日は京都三代祭りの一つ「時代祭り」だった。
桓武天皇が、平安京に入られた10月22日に行われる。
元は、市民が祭を運営する平安講社の組織作りから始まった祭だ。

行列は明治維新から江戸、安土桃山、南北朝、鎌倉と7つの時代をさかのぼる。
昭和6年に楠正成公上洛行列、豊臣公参朝列、が出来た為、10行列となっている。
昭和25年の再興で、江戸時代・中世・平安時代の3つの女人行列が加わった。
昭和41年に幕末志士列が加わった。
で、結局、18行列で約2000人の巨大な祭りだ。
全長が約2kmにもなる。

ちょっとだけ、御所の前で、明治維新から順番に見たが、風邪をひいていたので、早々に帰った。

時代祭は、言わずと知れた京都三大祭「祇園祭」、「葵祭」、「時代祭」のひとつ。

しかし、この祭は、最近の祭だ。
最近とか言ったら怒られるが、1895年、明治28年に、平安神宮が、平安遷都1100年を記念して創社された。
その時に平安神宮の祭として出来た祭だ。
創建と同時に、祭が行われたが、それが時代祭だった。
桓武・孝明両天皇が、京都御所から平安神宮を共に歩かれる祭だ。

当時は、平安講社と呼ばれる市民団体が作られた。
その団体は市民が中心となり、やがて、時代祭が始まることになる。

時代祭は、2km以上の行列が「御所」を出発して、「平安神宮」までの京都市内を行進する雄大な祭だ。
先程も書いたが、総勢 2000人の大行列だ。
使われる馬や牛車用の牛は、80頭にのぼると言われる。

始まった時を見たら分かるが、この明治維新以降の行列はない。
明治維新、江戸時代、安土桃山時代、吉野時代、鎌倉時代、藤原時代、延暦時代、と言う順番で進む。

時代祭と言えば、まるで、仮装行列のような見方をされることが多い。
僕は、あまりそのようなイメージは持っていない。
この祭のすごいところは、それぞれの時代装束で歩くわけだが、伝統工芸人、研究家などが、力を合わせて、それぞれの時代の物を再現していることだ。
染色研究家なども入れて、使われている糸や材質などまで、その時代の物を使っているのだ。
ただの作り物の仮装行列ではない。
今後は、是非、そんな目で見て欲しいものだ。

ところで、足利尊氏の行列参加の話は、有名だ。
室町幕府を開き、京都を中心とした室町時代を築いた足利将軍がいない行列のどこが時代祭なんだ??と思う。
そもそも、「日本文化の原点となる北山、東山文化が行列に登場しないのは不自然」と言われている通り、金閣寺も銀閣寺も足利将軍家が作ったものだ。

ところが、明治時代は、天皇家にたいして、室町幕府を開いた足利尊氏が「逆賊」とされ、室町時代の行列は作られなかった。

室町幕府を開いた足利尊氏を始めとする足利家と関連がある団体が作る「全国足利氏ゆかりの会」が、京都市に強く要望していた、と言う面白い話がある。

と言うわけで、時代祭りも充実してきたのだ。

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日曜日は春日神社のお祭りで、一番盛り上がる日だ。
朝から人々が集まってくる。

京都市民俗文化財の剣鉾5基、鼓笛隊、行列など総勢1,000名の行列。
神輿は2基あって、東組神輿 「千木」、西組神輿 「卯ノ鳥」と言われ、重量2トン近く、江戸初めの神輿で、どちらもかなり大きな神輿なのだ。
壮麗さは、かなりすごい。

こういう祭の雰囲気って最高に楽しい。

神霊還しと境内の拝殿回り以外に、2基の神輿による「拝殿回り」、西大路四条交差点での2基同時の「巴回し」がある。
西院春日の拝殿回りは有名で、大昔の時代から、祭の最後に拝殿を三度まわるのだ。

そして、この西大路四条交差点での2基が一緒にまわる「巴回し」がかなり壮大だ。
「西大路四条」の交差点と言うと、西院駅前のかなり大きな交差点なのだが、ここを二基の神輿が壮大にまわるのだ。
大きな交差点の中を、二基の神輿がずっとまわり続け、それはかなりすごい光景になる。

神輿上げなどは、かなり壮観で、沿道から拍手が沸き起こる。
涼しくなってきた中で、かなりの熱気を感じるほどだ。

しかも、いつも車をその場に待たせたままだ。
案の定、今日もすごく渋滞していた。
知らずに入って来た車は、かなりの時間待たされて、身動きできなくて、最悪だったろうな。。
観客は、そこに車なんか無いかのように、交差点にあふれてるし。

僕はこの祭が結構好きだ。
なかなか盛大な祭なのだ。
秋祭りの中では、京都の中でもかなり壮大な祭だろう。
静かな祭も良いが、こう言う祭も好きだ。

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