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「異論のススメ」
巨大地震に襲われて
この列島中を活断層が走っている。いずれ大地が鳴動することは間違いないものの、いつどこで生じるかわからない。ただひとたび生じれば、一瞬にして生命を奪われ、その生は断ち切られる。生者と死者は不可避的に引き裂かれる。
いかに近代社会が、等しく人びとの生命財産を保障するという原理を打ち立てても、この不条理は、近代社会の根幹を一気に破壊してしまう。
防災対策も被害の最小化への努力も早急になされねばならないし、…危機管理も整備されねばならない。しかしどれだけ防災対策や危機管理を行おうと、この巨大な自然の鳴動を抑えることはできない。つまり、われわれはどこかで「あきらめる」ほかない。
このような言い方は読者にいくぶん不快感を与えるだろうし、被災者の苦しみをなんと心得ているのか、というおしかりを受けるかも知れない。
しかし何といおうとそれは現実である。
本当の「あきらめ」は思考停止でもなければ敗北主義でもない。本当に「あきらめる」には覚悟が必要であり、それは容易なことではない。その覚悟とは、人智を超えた巨大な自然の前にあっては、人間の生命など実にもろくもはかない、という自覚を持つことである。それは、生への過度な執着を断ちきり、幸福を物的な富の増大に委ねることの虚しさを知り、そして人の生も自然の手に委ねられた偶然の賜物であり、われわれの生命はたえず危機にさらされると知ることでもあろう。
佐伯さんも気にしていらっしゃるが、本当に今まさに困難な状況に陥っている人に「自然には勝てないよ、仕方ないよ」なんて言う不謹慎な気持ちはまるでない。大切なものを失ったことに対して「この理由だったら仕方ないな」なんて思えるわけがない。
でも自然災害は止めることができないし、私たちにできることは原発みたいなアブナイものを作らない動かさない、何事もない平穏な日々に本当に感謝しながら暮らす、ぐらいしかないなあって。どんなに備えようとも誰一人悲しい目に遭わないようになんてできない、その事実に関しては本当に諦めるしかないことだ。
日本国内で去年1年間で4,117人が交通事故で亡くなっている。この他にも重度障害や後遺症に苦しむ人もたくさんいるだろう。自殺者は24,025人。
人間の努力でもう少しどうにかできる所でもっと死んでることの方がくよくよする意味あることなのかなって。人間の力でどうにもできないことを過度に恐れて人生つまんなくしても始まんないつーかね。あんまりそこ嘆いてばかりいても仕方なぐねえが、って。ビビるのそこじゃないだろう、ってさ…
せっかく佐伯さんがうまくまとめていらっしゃるのに台無しに?
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