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Clytie Changed into a Sunflower

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原題は、"CONFESSIONS OF A MICROFINACE HERETIC
How Microlending Lost Its Way and Betrayed the poor"
マイクロファイナンスに焦点を絞った本だったのに…気づかなんだ。
マイクロファイナンスの問題点を実際10年間関わっていた著者が350Pにわたって実情を綴っているらしい。時間がなかったこともあり読破せず。

無担保少額融資で知られ、ノーベル平和賞を受賞した「グラミン銀行(バングラディシュの経済学者ムハマド・ユヌスが創設)」も決して手放しで歓迎できる貧困対策ではないんだねえ…。
結局、たくさんお金が動くところには悪い輩が集まってくるんだな。やはり『ぼくはお金を使わずに生きることにした』のマーク・ボイルさんの語る世界が理想なのかなあって思う。
お金はもはや人間に仕える僕ではなく、人間がお金の僕になったのだ。世界はお金に乗っ取られてしまった。それ自体には何の価値もないものを、ほかのすべてを犠牲にしてまで、世をあげてあがめたてまつっている。そのうえ、今のお金という概念全体が、不平等や環境破壊や、人間性軽視を助長するようなシステムを下敷きにしている。
結局のところ、少人数が互いに依存しあって働くことによって「地域社会の中での自給」を実現するやり方が一番うまくいくだろうし、もっとも望ましいと思う。実験中、おまえがお金を使わずに生活できるのは皆がお金を使っているからだ、と何度も言われた。無理もない意見だが、その前提には「物を作りだすにはお金が必要」という考えがあるぼくが思うに、この前提がそもそも間違っているのだ。
カネなし生活を続ければ続けるほど、もっと地域内でまかなうような方法が可能だと思えてきた。
お金は、道路を造るのに貢献した人に報酬を分配する方法ではあっても、道路の建設自体にはまったく必要ない。お金を使わずに生活していたら、必要な材料は地域内で調達せざるをえない。地域社会のニーズにこたえる責任が生じるし、おのずと自分達が使うものに対する認識が深まる。自分達が必要とする道を地域住民が作れないわけがない。ちょっと見方を変えるだけのことだ。
状況は色々あるだろうけど、こういう考え方に基づいての貧困対策が望ましいのかな。

しかしこの本によればボノすら悪人扱いされてるが、まじで?あんまりしらんけど長年ワタシ的に「いいひと」部門に入ってたんだけど。調べるほど興味もないが…。まあ、いいや。私は自分の目で耳で確証っぽいものwを得ん限りは悪い人認定しないことにしてるんだー。ほっとこ。

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