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ある日本兵の戦争と戦後
彼が淡々としていたことは私自身が記憶している。
こういう性格の人物は、語り手としては信用がおける。しかし同時に、こういう人物が、自分の経験を書き残すことはめったにない。個人史を書き残す人間は、学歴や文筆力などに恵まれた階層であるか、本人に強烈な思い入れがあるタイプが多い。前者は一部の階層からの視点になるし、後者は客観性に欠ける傾向がある。
本書でも明らかなように、父の足跡は、本人が意識していなかったにせよ、同時代の日本社会の動向に沿っている。にもかかわらず、同時代の多数派がとっていたとはいえない行動も、父はしばしば行っている。
一生涯を通じて、すべての場面において「多数派」であるという人間は、どこにも存在しない。
生涯に一度も逸脱行動をしない人間がいたとしたら、それこそ「普通の人」ではないだろう。
人間は、ふだんは目立たない生活、「平凡」とよばれる生活を送っている。だが生涯に何回かは、危機的な経験をし、英雄的な行動をする。しかし同時に、大枠においては、同時代の社会的文脈に規定されている。
それこそが、平均的な人間というものだ。
危機的な経験や、英雄的な瞬間をとりだすだけでは、描く対象が個人であれ集団であれ、その全体を描いたことにはならない。もちろん、日常的な生活を描くだけでも、全体を描いたことにはならない。それらを総合的に把握し、同時代の社会的文脈のなかに位置づけてこそ、立体的な歴史記述になりうるのではないかと考える。
と、あとがきに語られているとおりの内容でした。
感情を揺さぶられて悲しくなったり悔しくなったり怒りがこみ上げたりすることもなく。これぞノンフィクション、リアルなんだろうなと。だけど地味にずっと興味ひかれた。
それにしてもちょっと昔は、戦争だけでなく子どもを病気で亡くしていたんだよなあ。こういう本読むと、元気でいてくれるだけで本当にありがたいと思う。
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パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣
かなり年下なのかな。かわいいな、って感じで。なんか「女の子っぽい」のは、翻訳のせいだけではないんだろうな…。アメリカや日本の若い女の子にはすごく良い本だろうか。
情熱をもって生きる
毎朝ベッドから出るとき、あなたは2つの選択肢のうちどちらかを選ぶのだーーー何も考えずにただ用事を片づけながら、ぼんやりと1日を過ごすか、それとも、どうせ何かをやるなら熱心に集中して取り組んで、状況のいいときも悪い時も、そこから何かを学ぶか。
パリに住んでいたとき、わたしの生活はすみずみまで情熱であふれていた。わたしは人生が与えてくれる喜びを思う存分に味わおうとしていた。ほんの小さなことにも大きな喜びを感じた。どんなひとときも、わたしには愛おしかった。
この本を読んでくださったみなさんが、情熱的な人生を送ることを願ってやまない。愛とアートと音楽にあふれた人生を。みなさんがいつの日か人生を振り返ったときに、いい人生だったーーー 一瞬たりともムダにはしなかったーーーと、思えるように。
うん。その気持ちで。とまた思えただけでも読んで良かったかな。
だいたいの所は他の本で既に衝撃を受けちゃった内容だったので…
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かわいい本だったけどね。著者はまだ20代なんだ。これからが楽しみだね〜
着眼点は面白かったと思うけれども、選んでいる言葉に一貫性がないあまりに結局一冊の本としての仕上がりが「だから何」みたいになってる感じが…ってナ・ニ・サ・マ♡
前田まゆみさん、翻訳もできるんだ!すげ〜な〜。
ってそこが一番感動したポイントだったりして… |

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これが文芸評論家か〜。あんまり知らんが、この人はしっかりした書評だなと感心。これがプロの仕事かと。文学そのものに入れ込まずいたって冷静に、批判すべきは批判してみたいなところも私好み。そのせいかどの本も「おもしろそう!読んでみよう!」とはならないんだけど、「新作」でなく「名作」だからもうええやろ、って感じかな。「新作」をこの調子でやられると売上に悪影響がでそう?
でもちゃんと真面目に(という表現でいいのか)書かれた小説はきっちりと評価されてる感じで。その「真面目」「クソクダラネエ」分別ポイントが私と似ててスッキリと腑に落ちる感じ。
読売新聞夕刊に連載されていたものを「大幅に改稿、編集したものである」そうだけど、最後は「共産党宣言」。「歴史的名著」と評価してる。意味ありげ?
しかしやぱーり「不機嫌な家長」の小説、クッソクダラネエな。不倫がなければ盛り上がらない小説多いし。結婚なんかしなきゃいいのに。「お上の見えざる手」に主導されてコーフンしてるだけのバカ、っていう目で一度みちゃうともうバカバカしくて。
あと昔は「初めて」「始めて」が今と違った?有島武郎が…
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苦悩の時期、私を救った本
最初40ページほど、第一章か、「なんか説教くせーな〜文章もうまくないし面倒になってきたな〜もう読まなくていいか〜」「“健常者”とかいう単語気軽に使う人きら〜い」などと頭の片隅で考えつつぱらぱら見てたんだけど、第二章で急に「昨日と同じ今日がやってこなかった日」とかヘビーなタイトルになってよう。
個人的なことを書いて申し訳ありませんが、私は大学三年の二十歳のとき、突然、難病になりました。
人生はこれからだと思っていました。いろんな選択肢のどれを選んだらいいのか、悩みはそれくらいでした。
それが突然、入院で、医師から「一生、治らない病気です」と言われました。
そして、その時点では、「もう大学院に進むのも、就職するのも無理です。一生、親御さんに面倒をみてもらうしかありません」と言われました。
世の中には色んな絶望があると思うが、これも確実に絶望認定。
こんなのにくらべたら私なんか絶望なんかできるはずもないと思うが、本人はすっかり「絶望」してるつもりなんだよな〜。バカだな。
「何でもできるはずなのに、どう考えても何もやりたいことがない絶望」とかゆーかんじで。
この人は絶望期には物語系がいいと言っていたが、私は違ったかな〜。
「こんな夜更けにバナナかよ」
「困ってるひと(大野更紗/ポプラ社)」
あたりが、なんだか心底「ぜつぼうとか言ってる場合じゃないな」って思ったかな。
あとはうちう系ね。
不思議すぎて頭全部のっとられるよね。自分のことなんてまじどうでもよくなって。最近は割と良い意味で。
逆に中学生で「人間失格」とか「車輪の下」とか読んだときには「ああやっぱそうなんだ〜このまま大人になってもそうやって何の幸せも感じることなく死んでいくだけなんだよね〜」と絶望感を強固にした覚えがあんだけど。人それぞれだなあと。
たくさん共感できることはあったけどね。
「この本だけが、今の自分の気持ちを理解してくれている」と思える本との出会いが、絶望しているときには、とても救いになります。
私も「モラル・ハラスメントの心理構造(加藤諦三/大和書房/2013) 」みたいな本と出会ってなければ、今こんなに穏やかな気持ちを手に入れることはできなかっただろうな。
結局誰にも自分の子ども時代の暗い思い出を具に聞いてもらうことはできなかったけど、あの本読んだだけでどれほど救われたか!
どの本を読めば…てのは人それぞれなんじゃないのかなあ。私は自分が「絶望してる」と気づいてからはフィクションは一切読めなくなってしまった。気づくまでは現実逃避的な意味でよく読んでたけど。読んでいる間だけは自分のことを忘れているんだよね。それだけ。もう戻りたくない。
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