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「すごく面白いわよ。絶対に好きだと思うわ」 会社の先輩(女性)がそう言って、頼みもしないのに本を貸してくれたの。 昨夜、友達と会う約束をしていたから、普段は乗らない電車に乗ったのよ。その本を持って。 運良く座れたから、本を広げて数分、全く面白くもない本に、全く集中できず、アタシは前々から思ってはいたけれど、つくづく、あの先輩とは会話も性格も噛み合わないと悟ったわ。 絵に描いたような素敵な先輩だけれど、こういった感性の違いは、努力や思いやりじゃ解決できない決定的な分岐点だわね。親しくなりたいかどうかの。 絶対に好きだと断言してくれた本が、あまりにもつまらなくて、広げては閉じ、閉じては広げを繰り返していたら、酔っ払いを忠実に再現したようなオッサンの2人組が、アタシの隣りに座ったの。 酒とタバコと油が混ざったようなドギツイ臭いが不快な一方で、愉快な事が始まりそうな気がして、アタシは本を鞄にしまったわ。 「この電車は西船橋に行きますかね〜」 酔いを決して隠さない大きな声でハゲが話し出したの。 心の中でアタシはそっと呟いたわ。「ハゲ、行くわよ。安心して、ハゲ」 「行かないんじゃないか?」呂律が回らないデブが答えたわ。 「行かないの?」驚くハゲに「行かないよ」デブが素っ気なく答えて、「行くってば」心の中でアタシが答えたら、「行くでしょう」今度はハゲが予言を始めて、「行きませんね」デブが予言を的中させたかのように答えて、「だから行くってば」心の中でアタシが応戦したら、「行かなきゃそれまでだ」ハゲが諦めたの。 あらやだ。 それまでだってアンタ、どこに向かってるか分からない電車に乗ったの? アタシの人生と同じ電車ね。ご乗車ありがとね。 しばらく2人は、もしも私が総理大臣だったら、というテーマでベロンベロンになりながら討論をしていたわ。間違いなく、アンタたちなんか当選しないのに、間違いなく、渡された本よりも楽しくて、ずっとずっと耳を傾けていたわ。 「消費税廃止」「所得税廃止」「一夫多妻制」「公共料金無料」「住宅手当」「海外旅行手当」「電車は無料」「米は無料」「病院は無料」「年金は50歳から」「浅田真央に金メダル」「選手全員に金メダル」「私もあなたも金メダル」 ざっくばらんな夢の国ね。 それに「同性愛歓迎」と「美容室無料」が加われば、アタシは間違いなく、アンタたちに総理大臣をお願いしたいわね。支持率だって結構高いはずよ。 次のテーマ、もしも私が会社の社長だったら、に移った瞬間に、ハゲがまた言ったの。 「この電車は西船橋に行きますかね〜」 やだ。一回一回、この話題を挟むのかしら? ハゲの問いにデブが答えたわ。「行くよ」 え…。10分前には、アンタ、行かないって力説していたわよね。 「いや、行かないね」今度はハゲが行かないに転じ、「いや、行くよ」デブが強い口調で言い切ったら、「いや、行かないよ」ハゲは断固として譲らなかったの。 「行かなきゃそれまでだ」今度はデブが諦めたわ。 逆になってるっつーの!!! なぜ?どうして?なんで逆になるの? ところでアンタたち、どこまで行きたくて乗ってるの? 志村けんと柄本明の芸者のコントを見ているようだったわ。アタシ、あれが大好きで、西船橋までくっついて行きたくなっちゃったの。親しくなりたいわ。 「年功序列」「週休3日」「6時間勤務」「毎年昇給」「無欠勤賞与」「飲み会手当て」「スーツ代支給」「新卒は要らない」「社員旅行は全員で韓国」「韓国に行ったら全員で焼肉」「焼肉手当て」「焼肉はカルビ」「カルビは胃がもたれる」「だから途中からタンがいいんだよ」「タンより私は海鮮の塩焼き」「鉄板取り替える?」「取り替えてもらった方がいいね」 アタシ、口を押さえるのも忘れて、大笑いしていていたわ。 どこに向かっているか分からない会話が、見事に成立しているんだもの。 アタシの人生より遥かに目的地が見えないのに、臨機応変に成立しているんだもの。 ところで。 そう切り出したのは、やっぱりハゲだったわ。 「この電車は西船橋に行きますかね〜」 しかも、今度はアタシに聞いてきたの。右と左を間違えたようね。 今までの話の流れを全部聞いていたから、堪えきれなくて、声を出して笑っちゃったわ。 「行きますよ」 「行きますよね」アタシに同調してきたハゲに「だから行くって言ったでしょ」デブまでが同調してきたら、「さっきアンタ行かないって言ったでしょ」ハゲがデブに言い返して、「さっき行かないって言ったのはアンタでしょ」デブがハゲに詰め寄っていたわ。 1回ずつ、行かないって主張していたわよ。 ちなみに、もう1つ指摘すると、ほとんど無料の国で、ほとんど働かない人間たちが、韓国で焼肉ばっかり食べていたら、近い将来、日本という国は消えて無くなるわ。 やっぱり、鳩山の方が無難のようね。投票は取り消しよ。 友達と待ち合わせをしている駅について、アタシは西船橋まで一緒に行きたい彼らを残して、電車を降りたの。続きが聞きたくて、すごく降りたくなかったわ。 あんな身勝手なもしもシリーズ、他じゃ滅多に聞けないもの。 駅で興奮しながら、友達に話したの。 この友達は、分岐点が一緒の方向の子で、感性が似ているから、必ず笑ってくれる自信があったのよね。 やっぱりアタシの思っていた通り、大きな声で笑った後に、アタシに教えてくれたわ。 「この電車、西船橋には行かないけれどね」 あら…。どうしましょ。 でも、大丈夫よね、きっと。呂律の回らない豪快な声が耳によみがえったもの。 「行かなきゃそれまでだ」 もしもアタシが総理大臣になったら、アンタたち2人に金メダルを送るわ。そして、酔っ払いには専用の車両を作りたいと思うの。 そこには、想像を絶する愉快な空間があるはずだもの。 すごく面白いわよ。絶対に好きだと思うわ。
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