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今日は自宅でビデオ。
今井正監督『米』(1957年、東映)。
主人公の次男(江原真二郎)茨城の零細農家の次男で、長男(南原宏治)や母(原泉)から土地を分けてもらえない。遊び仲間の兄貴分(木村功)に誘われて、霞ヶ浦で漁をすることになる。兄貴分は違法な漁業にも手を染めるが、次男(つぎおと読みます)にふられた妹が金をもって家出してしまう。やがて、兄貴分と次男も深夜の操業中に事故に遭う。兄貴分は溺死する。
次男は一命をとりとめ、よね(望月優子)の一家に救われた。よねは病身の夫(加藤嘉)を抱え、娘(中村雅子)と農業・漁業の双方に精を出していた。よねの娘と次男は、お互いに惹かれあっている。だが、よねは地主(山形勲)から田畑を返すよう求められており、違法な漁業に手を染めて、警察に見つかってしまう。前途を悲観したよねは自殺、娘らが納棺するのを、次男も見送るのだった。
戦後間もない農村や漁村の暮らしぶりと自然が、丹念に描かれている。百姓たちは一日中働いており、祭りの時にだけ、束の間の憩いをえている。
「日本のネオ・リアリズム」と呼ばれた作品。
江原も木村も若々しいが、特に江原は当時まだ新人であった。
他にも、杉狂児、花沢徳兵衛、潮星児、梅津栄などの脇役陣も充実。
貧しい農村の次男・三男が自衛隊に入隊していく。当時、自衛隊は今ほど社会的に認知されていなかったわけで、今井監督の自衛隊批判の意図も込められていよう。周知のように、今井は共産党員でした。
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半農半漁のよね一家の労働は過酷だ。それでも若者達の行動は明るく大胆で、恋も芽生える。木村功さんが生き生きとしていて、こんな青年が農村にいるような気がする。船に帆を掛けるシーンは『戦艦ポチョムキン』の一部分に似ている。船体のマスト、帆のウェーブが映し出される。エイゼンシュテインは「芸術と政治のせめぎ合い」に苦しんだというが、(亀山郁夫氏の弁)今井監督も同様だったのだろうか。そろそろ新米の季節です。
2009/9/29(火) 午後 0:59 [ KIYO ]