Koji Murataの映画メモ

映画に関するコメントのみお受けします。

邦画 2012年

[ リスト ]

 シネヌーヴォの木下恵介生誕100年特集へ。
 『善魔』(松竹、1951年)。
 新聞の社会部長・中沼(森雅之)は新人記者の三国連太郎(三国連太郎)に、高級官僚・北浦(千田是也)の妻・伊都子(淡島千影)の家出事件の取材を命じる。三国は私的な問題への取材に躊躇するが、やがて、伊都子の父(笠智衆)と病弱な妹・三香子(桂木洋子)と軽井沢で出会って三香子に恋をし、また、北浦の収賄の事実を知る。
 中沼は辛辣な政治批判から、会社の上層部に煙たがられていた。また実は、伊都子は彼が昔思いを寄せていた女性だった。だが、中沼には数年付き合ってきた女性(小林トシ子)がいた。中沼は会社も女を捨てて、伊都子と結ばれようとする。
 一方、三国は三香子を一途に思い続けるが、彼女の病状は急速に悪化し亡くなってしまう。尊敬していた中沼が女を捨てて幸せになろうとするのを見て、三国は彼を面罵するのだった。「三国は立派な男です」と語り、中沼は伊都子のもとを去っていく。
 三国のデビュー作で、この役名が芸名になりました。まだ台詞回しが性急な感じで、初々しい。
 善が悪に対抗するためには、魔性の力を帯びなければならない。これが善魔の意味だ。中沼がこれを三国に教えるが、彼が三国の善魔に糾弾されることになる。
 もちろん、自分の恋人を失った三国の嫉妬とも解釈できますが。
 軽井沢がまだまだ途方もない田舎だった頃です。

閉じる コメント(3)

顔アイコン

政治学の先生にとってはうんうんと考えさせられる作品だったようですね。私は、かなりの劣等生だったので、魔性の力が必要だということ以外、善人の力を持つ定義が釈然としません。悪に勝った後も自分自身の正義をもって、朱に交わらない、生き方をする人が好きです。でも、私自身、昔とかかなり自分が変わったと思います。優しさの時代というような文が高校の国語に載っていたのですが、それを思い出しました。ナチズムのヒットラー・ユーゲント(少年の親衛隊みたいなもの)も綺麗な心の優しい少年たちが、入隊し、国の中枢が、軍隊一色に変わっていく理由を考えながら、日本人がどうあるべきか、教育とは何かを問いかける話でした。でも、優しさと弱さは重なり合うもので、私は弱さに負けたんだと思います。結局、信念を持つのが難しかっただけ。そう思うと悲しくなります。

2012/8/6(月) 午後 5:33 [ おりょう ]

顔アイコン

私は4日、『善魔』の前の回、『笛吹川』を観てまいりました。期待していただけに、ちょっとがっかり。解説に「モノクロフィルムに直接色を塗った実験的映像美」と書かれていましたが、むしろモノトーンの方がよかったのではないかと思います。
物語の方も、一介の農民が主君に忠義を尽くし、最後は殉死する。これも、疑問が残ります。でも、若き日の松本幸四郎さんが凛々しくて素敵でした。
自由軒のライスカレー、私も食べに行きます。

2012/8/7(火) 午前 7:41 [ 金歯 ]

顔アイコン

私は「二十四の瞳」を鑑賞しました。シネ ヌーヴォではなかったのですが。高峰秀子さんが新米教師から結婚し、年老いてから又同じ分校に勤めて教え子達の歓迎会で自転車を見て泣かれるシーンとても感動的です。教え子達が戦死してしまい、お墓参りをするシーンとても泣けてきます。。村田先生も長く大学の先生をされていらっしゃると沢山の学生さんがいらっしゃって楽しい反面、このような時代に学生さん達を世の中に出さなければならないのはさぞ大変だと思います。いい世の中になる事を願っています。追記ですが。自由軒のカレー私も食べてみたいです。。

2012/9/30(日) 午後 7:45 [ なお ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事