Koji Murataの映画メモ

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10月6日

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 宣伝はさておき、今夜は自宅で家城巳代治監督・脚本『路傍の石』(東映、1964年)を観賞。原作は勿論、山本有三。戦前を含めて4回映画化されている由。
 時代は日露開戦の前夜。貧乏士族の家に生まれた愛川吾一(池田秀一)は、小学校での成績は一番だが、経済的な理由で中学校に行けない。母親(淡島千景)は内職をしながら、吾一の進学を願っていたが、酔っ払いの父親(佐藤慶)は吾一の貯金まで取り上げて、東京で国士の真似事をしている。
 吾一は呉服屋の伊勢屋に丁稚に出され、名前も吾助と丁稚風に改められる。伊勢屋は同級生の家でもあり、中学校に進学した同級生に宿題を押し付けられたりする。おまけに、先輩たちにはいじめられ、大番頭(織田正雄)や番頭(織本順吉)もいじわるだ。
 やがて、小学校時代の仲良しが病死し、吾一は東京に出て勉強しようと決意する。小学校の先生だった次野先生(中村賀津雄)が上京しており、吾一の頼りだ。はじめは反対した母も、吾一を応援してくれた。吾一は希望と不安に胸膨らませながら、東京へと旅立っていく。
 他に愛川の隣家の叔母さん役に清川虹子ら。
 本来は士族で平民より身分が高いし、勉強もできる。しかし、経済的に貧しい。その分、進学できない理不尽が一層際立つ。愛川の表札には、わざわざ「士族」と書かれている。
 池田をはじめ、子役たちは好演だと思う。池田はのちに、声優として「ガンダム」などで活躍した由。次野先生役の中村は、兄・錦之助にそっくり。淡島は清楚。でも、いい人すぎるか。
 明治末期の子供たちの人間化関係は、『橋のない川』や『たけくらべ』を連想させたし、ラスト・シーンはヘンリー・フォンダ主演の『スペンサーの山』を彷彿とさせた。『スペンサー』では、都会の大学に進学しようとする田舎の貧しい青年が、バスの隣客に「どちらまで?」と聞かれ、つぶらな瞳で「未来です」と答えるのである。
 教育が若者の大きな希望であった時代の作品です。今もそうあってほしいものですが。

10月5日

 今夜は自宅で蔵原惟繕監督『南極物語』(1983年、フジテレビ他)。
 1956−58年の第一次南極観測隊(隊長役は岡田英次)が二次隊(隊長役は神山繁)に交代する際、天候不良で樺太犬15匹を昭和基地に放棄して、観測船「宗谷」(船長役は山村聡)で撤収することになった。犬の世話に当たってきた北大の潮田(高倉健)と京大の越智(渡瀬恒彦)は断腸の思いだ。帰国後、潮田は北大を辞して、犬の提供者たちを巡る懺悔の旅をする。
 一方、犬たちは南極の冬を必死に生き延びようとする。やがて、第三次越冬隊が編成される。これに参加した潮田と越智は、南極で生き残ったタロとジロに感動の再会を果たすのだった。
 ナレーションは小池朝雄。他に、越智の恋人役で夏目雅子、犬の飼い主の少女に荻野目慶子(若い、というか、まだ幼い)。喫茶店のマスターに岸田森。稚内市長役には、本物の市長・浜守辰雄が出演している。
 私が大学に入学した年に公開されているが、当時としては空前の大ヒットだったとか。
 潮田と越智のコンビがタロとジロの兄弟と重なってくる。
 それにしても、高倉健という役者は、どんな作品に出てもあくまで「高倉健」なのがすごい。
 犬たちの調教、大したものだと思います。
 因みに、「宗谷」という観測船は、1938年に就役したものを改造して使っていた由。

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