Koji Murataの映画メモ

映画に関するコメントのみお受けします。

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10月29日

 今夜は自宅でフランク・ボーザージ監督『第七天国』(1927年、アメリカ)。サイレントです。
 パリの街角。下水道掃除人のチコ(チャールズ・ファレル)は、実は自分は「できる奴」(very
remarkable fellow)だと信じており、せめてアパートだけは天国に一番近いところにと、七階に暮らしている。そんなチコは姉に虐待される娘ダイアン(ジャネット・ゲイナー)を救い、アパートに住まわせてやる。はじめは一時の便法のつもりが、やがて二人は愛し合うようになる。アパートの七階での二人だけの挙式。だが、その時、第一次世界大戦が勃発した。チコは従軍して、失明してしまう。ダイアンは夫の杖になることを決意するのだった。
 「第七天国」は神と天使の住む天国の最上階だが、「至福」という意味もある。
 字幕で、「神」のことがle Bon Dieuというフランス語で標記されている。
 また、“name of a dog"で「無茶な」と訳されている。
 昔から名前だけ知っていた純愛映画の名作です。その後の多くの純愛ドラマに一つの原型を提供しているでしょう。
 作中、主人公たちが「いつも上を見つめよう」(Always look up)という。淀川長治によると、永六輔はここから「上を向いて歩こう」を考案したのではないか、という話。
 アメリカ映画なのに設定がフランスというのは、アメリカ人のコンプレックスの発露か。
 無神論者の青年は、最後は神を信じるようになります。純愛であると同時に「教育的な」映画でもありますね。

10月28日

 神戸の実家で母と市川崑監督『かあちゃん』(2001年)を観賞。
 天保時代、世は乱れている。だが、ある長屋の一家は母親(岸恵子)を中心に子供たちもせっせと働き、金を貯めている。近所からは吝嗇と見られているが、そうではない。盗みの咎で罪人になった友人(尾藤イサオ)が放免された時に店をもてるよう資金を貯めてやっているのだ。この家に忍び込んだ泥棒(原田龍二)も「かあちゃん」に情けをかけられ、家族の一員になってしまう。善意の塊のような「かあちゃん」だが、実は亡夫の耳にほくろがあり、同じように耳にほくろのある男には親切なのだ、という落語のようなオチがついている。
 美術は西岡善信、脚本には和田夏十の名も。随分昔に仕込んだネタなんですね。原作は山本周五郎。音楽の宇崎竜童は、同心役でも登場する。他には大屋に小沢昭一、長屋の隣人たちに中村梅雀や江戸家子猫など。
 確かに心暖まる物語だし、居酒屋の様子などは『どら平太』を連想させる。上から瓦屋根と路面を写すアングルなども市川らしい。しかし、あまりにも単純な話で人物描写にも深みがない。だいたい、岸恵子は貧乏長屋の「かあちゃん」になんか見えないのである。やはり、市川の作品は当たり外れが大きい気がする。
 とはいえ、わが家の「かあちゃん」は単純に喜んでいたから、その点ではこの選択は成功でした。

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