Koji Murataの映画メモ

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12月27日 邦画153

 夕方に京都文化博物館に。
 松本俊夫監督・脚本『修羅』(松本プロ・ATG、1971年)。
 「忠臣蔵」では浅野家が塩冶家になっています。その塩冶家の浪人が五兵衛(中村賀津雄)と名を変えて、放蕩な長屋暮らしを送っている。はじめは世間の目を憚るためだったが、芸者の小万(三条泰子)に惚れて身を持ち崩している。義士に加わるために忠義の下郎・八右衛門(今福正雄)が工面してきた100両も、小万の身請けのために投げ出してしまう。だが、彼女には三五郎(唐十郎)という夫がおり、すべては100両を巻き上げるための芝居だった。そうと知った五兵衛は夜中に三五郎夫婦宅を襲い、一味5人を惨殺するが、肝心の二人には逃げられてしまう。
 五兵衛はついに、三五郎と小万の居場所を見つけた。だが、小万の兄の通報で、町奉行所の役人(観世栄夫)らが捕縛にやって来る。そこに、八右衛門が現れ、5人を殺したのは自分だと、主の身代わりになる。
 復讐のため、五兵衛が再び戻ってくる。愛しさあまって憎さ百倍、五兵衛は小万と赤ん坊まで殺害し、小万の首を刎ねて帯同する。実は、三五郎の父(松本克平)は五兵衛の家来筋に当たり、五兵衛のために勘当した息子に100両の金の工面を頼んだのだった。妻子の死を知った三五郎も、絶望して自殺する。この世は血の海となり、五兵衛は奈落の底に落ちていく。
 凄惨な映画で、上映が終わると場内からいくつものため息がもれました。
 原作は鶴屋南北の「盟(かみかけて)三五大切」。「五大力」という文字は浮気封じの誓いの言葉で、小万は腕のその文字を五兵衛に見せて、純愛を誓った。だが、金を巻き上げると、それを「三五大切」に書き換えてしまう。自分の夫大事というわけだ。
 若い頃の唐十郎は、少し太めだがなかなかの男前でした。
 観世栄夫はコミカルな同心の役だが、身長が驚くほど低いことに気づいた。
 白黒が効果的で、前衛的なカメラワーク。回想や想像、夢が現実と幾重にも交差して、話が展開します。
 それにしても、これが今年最後の上映作品とは、京都文化博物館も不思議な選択をするものです。

12月27日 邦画152

 今日も大阪・九条のシネ・ヌーヴォに。
 マキノ雅弘監督『日本残侠伝』(日活、1969年)。
 大正末の浅草。
 木場人足「江戸常」組の小頭・秀次郎(高橋英樹)は、木曽から女郎として売られてきた春(梶芽衣子)を救おうと刃傷沙汰をおこし、刑務所暮らしになる。
 浅草では、市会議員の大場(須賀不二男)とヤクザの岩田組(深江章喜)が結託して、デパート建設のため貧乏長屋の取り壊しを図っていた。「江戸常」の親方(水島道太郎)は長屋を守ろうとするが、不慮の事故で命を落とす。親方の葬儀の日に、秀次郎は仮釈放される。
 木曽から出てきた吾作(津川雅彦)は「江戸常」に寄宿しており、同郷の春に惚れる。秀次郎に会わせるために、吾作が春を店から連れ出したために、吾作は岩田組に殺され、春は北海道に売り飛ばされることに。「江戸常」の親方に義理のある元ヤクザの銀次(長門裕之)は、妹(山本陽子)を「江戸常」の梅吉(川地民夫)と添わせた上で、岩田組に殴りこみをかけるが、射殺されてしまう。
 これ以上の揉め事を避けるため、「江戸常」の未亡人(南田洋子)は秀次郎を材木問屋に養子に出し、長屋の人々の面倒を見た上で「江戸常」の解散を決意する。だが、秀次郎は夏祭りの夜に、岩田組に殴りこみをかけるのだった。
 他に、三島雅夫、伴淳三郎、田中春男ら。葉山良二もほとんど不必要な配役で少しだけ登場する。
 高橋は断然カッコイイのだが、明らかに高倉健のヒット・シリーズ『昭和残侠伝』を意識しすぎている。
 やはり南田特集だが、南田の役どころは母性としても女性としても中途半端。マキノ監督が親類縁者を集めたせいか。
 高橋と深江の対決は、日活ではおなじみ。
 「この野郎、ヤクザのくせに歌いやがる。ヤクザなら吠えろ」と、秀次郎。「歌う」というのは悲鳴を上げることのようです。

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