Koji Murataの映画メモ

映画に関するコメントのみお受けします。

邦画 2008年

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8月26日

 今日は広島に日帰り出張。
 帰宅して大島渚監督・脚本『青春残酷物語』(松竹、1960年)を観る。中古ビデオで、何と10円でした!松竹ヌーベルバーグと騒がれた作品の一つ。
 女子高生の真琴(桑野みゆき)は中年男(山茶花究)の車をヒッチハイクして、レイプされそうになる。これを救ったのが大学生の清(川津裕介)。二人は結ばれ、無軌道な同棲生活を始める。
 清には有閑夫人の愛人が別におり、真琴に美人局をさせるようになる。他方、真琴の姉(久我美子)は昔、社会改造の理想に燃えて青年医師(渡辺文雄)と恋に落ちたが破綻した経験をもち、妹に昔の自分の姿を重ね合わせている。父親(浜村純)は傍観者を決め込む。
 真琴は妊娠し、もぐりの堕胎手術を受けるが、それを請け負ったのは姉の元恋人だった。真琴が一夜を共にした中年の金持ち・堀尾(二本柳寛)を清が強請ったことから、二人は逮捕される。
 釈放後、清は自らの無力を悟り、真琴に別れを告げる。その夜、清は街のチンピラ(佐藤慶)との喧嘩で殺され、真琴も中年男の車から飛び降りて落命する。
 撮影は川又昂、監督助手は石堂淑朗。
 安保闘争が背景にあり、父の世代の無力と姉の世代の挫折が、若者の暴走と重ねあわされている。『日本の夜と霧』と同じ構図である。同じ中年男でも、山茶花演じる最初の男は欲望むき出し、二本柳演じる最後の男はジェントルマンだが、そこに体制の偽善が仮託されている。
 久我と渡辺は破綻した元恋人を演じているが、方や元華族の姫様、方や東大卒の元電通マンで、リアレティがありますね。
 作中、タクシー初乗り70円とあります。

8月25日

 先ほどまで学生諸君と自宅でDVD観賞。新藤兼人監督・脚本『原爆の子』(1952年、近代映画協会)。製作は吉村公三郎、音楽は伊福部昭。
 原爆投下から7年後、瀬戸内海の小島で教員をしている石川先生(乙羽信子)は、広島にかつての教え子たちを訪ねることにした。生き残っている教え子は3人。最初の一人は原爆病で父に死別したところだった。二人目の女の子は、自身が原爆病で死期が迫っていた。三人目の男の子が一番幸せで、兄(宇野重吉)と姉(奈良岡朋子)に育てられ、姉は婚約者のもとに嫁いでいった。
 昔、石川の実家で働いていた岩吉爺さん(滝沢修)は被爆して失明、乞食になっている。石川先生は岩吉の孫を引き取ろうとする。最初、岩吉は抵抗したが、孫のためと隣家の老婆(北林谷栄)に説得され、孫を石川先生に委ねて、自らの小屋に放火、命を絶つ。
 石川先生は岩吉の孫を連れて、島に戻っていくのだった。
 滝沢の過剰な演技が少し気になるのと、子供の口を借りて説教くさいところがあるが、岩吉老人と孫の太郎との別離は、やはり涙をそそる。
 芦田伸介や大滝秀治も出演しているらしいが、気づかなかった(芦田は多分、石川の友人の助産婦のところに出産を告げに来た男の役だ。科白一つだけだった。あとで気づきました)。
 普段なら粗野に感じる広島弁が、愛おしくさえある。
 他に、殿山泰司や清水将夫、東野英治郎ら。滝沢や宇野らの劇団民藝が全面協力しており、見方によっては、左翼芸術家のオンパレードでもある(失礼!)。
 新藤監督はいまだ健在!

8月24日

 皆さん、色々なコメントありがとうございます。
 今日は午後から京都文化博物館で、五所平之助監督『たけくらべ』(東宝、1955年)。脚本は八住利雄。樋口一葉の原作を、今読んでいるところです。
 明治中頃の吉原。祭りをめぐって、比較的裕福な表町の子供たちと貧しい横町の子供たちが、対立している。前者の中心は質屋の息子・正太郎(市川染五郎=現・松本幸四郎)、後者のそれはとび職の頭の息子・長吉(服部哲治)である。これに、美登利(美空ひばり)と寺の息子・信如(北原隆)の淡い恋が重なる。少女は表町、少年は横町なのである。
 そして、美登利の姉は花魁(岸恵子)で人気者だが、病に身体を冒されつつある。信如の姉も父(佐々木孝丸)の意向で金持ちの妾にされてしまう。それぞれの女の不幸である。
 さらに、美登利は初潮を向かえ、花魁になることに。信如も父に失望し、京都の本山の修行に向かう。大人になりたくない少女と大人になりたい少年――二人の初恋の終わりであった。
 遊郭・大黒屋の主に柳永二郎、元花魁の荒物屋の女将に山田五十鈴、正太郎の強欲な祖母に毛利菊枝、他にも望月優子、山茶花究、坂本武、飯田蝶子、中村是好ら、名優ぞろい。
 とりわけ、落ちぶれた元花魁役の山田の演技が渋い。ひばりは当時17歳だとか。染五郎も幼くかわいい。
 吉原の風情が見事に描かれている。
 「吉原には門が二つある。男たちの入る極楽門と、女たちの入る地獄門である」――『吉原炎上』冒頭の岸田今日子のナレーションが思い出される。因みに、この作品の朗読は夏川静江(のち静枝)である。

8月22日

 今夜は自宅で行定勲監督『GO』(東映、2001年)。原作は金城一紀、脚本は宮藤官九郎。
 「在日コリアン」の若者の成長物語。
 杉原(窪塚洋介)は民族学校を辞めて、日本人の普通科高校に通う。自分の視野を広げるためだ。杉原はむやみに喧嘩が強い。それもそのはず、父(山崎務)はボクシングのセミ・プロで、この父に子供の頃からボクシングを仕込まれてきたのである。だが、父も母(大竹しのぶ)には頭が上がらず、奔放な母は家出を繰り返す。
 杉原は桜井(柴咲コウ)という美人の女子高生と出会い、交際が始まる。彼女は国会前をデートの待ち合わせ場所にするような、変わった女の子である。「一つしかないから、まちがいようがないでしょう」と、彼女は言う。杉原は民族学校時代の親友を不幸な事件でなくす。その夜、杉原は桜井と結ばれかかるが、自分が「在日」であることを告白すると、良家の子女である桜井は身を引いてしまう。破局。
 だが、クリスマス・イブの夜、桜井から電話があり、二人は交際を再会するのだった。「行こう」と桜井が呼びかけ、二人が駆け出すラストから、タイトルは『GO』。
 「権力って怖いよな。全力で走ってないと捕まってしまう」と、逃げ足の速い不良の先輩が言う。
 「名前って何?バラと呼ばれる花を別の名で呼んだところで、すばらしい香りはそのまま」という、シェークスピア『ロミオとジュリエット』の科白がモチーフである。「在日」というレッテルとは別に、人間の本質がある。
 監督や脚本家の才気が溢れている。こういう無軌道でファンキーな役柄をやらせると、窪塚は適役。
 山崎演じる父親が渋かった。
 2001年の公開作品だが、時代設定はもう少し前で、試問押捺や外国人登録証の常時携帯の問題があり、若者たちは携帯をもっていない。

8月21日

 これから東京なのですが、その前に自宅で伊丹万作監督・脚本『赤西蠣太』(片岡千恵蔵プロ、1936年)をビデオで。これも結構高かった。原作は志賀直哉の短編。
 伊達家のお家騒動にからんだエピソード。新参の赤西蠣太(片岡千恵蔵)は風采のあがらない侍だが、実は伊達兵部(瀬川路三郎)と原田甲斐(千恵蔵の二役)らの陰謀を探る密偵である。原田らの謀反の裏づけをとった赤西は、藩を出奔しなければならないが、それを疑われてはならない。そこで、美人の腰元・小波(毛利峯子)に恋文を書いてふられるよう図るのだが、なんと小波は赤西に好意を寄せていた。
 政岡役に梅村蓉子、他に原建策や志村喬ら。
 全体にコミカルに仕上がった佳作。邦楽だけでなく洋楽も使われ、ラストシーンでは結婚行進曲が軽やかに鳴り響く。千恵蔵の口跡も懐かしい。なにしろ、「場合」が「ばゃい」である。

 

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