Koji Murataの映画メモ

映画に関するコメントのみお受けします。

邦画 2008年

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8月20日

 今晩は自宅で松本零士原作『銀河鉄道999』(東映、1979年)。監督はりん・たろう。
 未来の宇宙。永遠の命をえた機械化人間が、生身の人間に対して支配的な地位にある。
 星野鉄郎少年は母親を機械伯爵に殺される。鉄郎は復讐のため、自身も機械の身体をえて機械伯爵を殺そうと決意する。機械の身体を無償で入手するには、銀河鉄道999に乗って宇宙を旅しなければならない。鉄郎はそこで、母そっくりの謎の美女メーテルと出会い、旅をともにする。
 土星の衛星タイタン、冥王星を経て、鉄郎は機械伯爵の時間城に到達、復讐を果たす。
 さらに、鉄郎らは銀河鉄道999に乗って、終着駅まで。そこは機械化母星メーテルだった。メーテルはそこの女王の息女だったのだ。鉄郎はこの星で生きた部品にされかかる。だが、メーテルは亡父の意志を継いで、有限の命を救うために、この星の破壊を計画していた。鉄郎とメーテルは海賊たちの助けも借りて、機械化母星を破壊する。
 やがて、メーテルは鉄郎に別れを告げて、再び銀河鉄道999で旅立っていくのだった。
 あれから約30年ですか。昔度肝を抜かれたアニメも、今観るとラフではある。
 だが、『スターウォーズ』のようでもあり、『ブレイドランナー』のようでもあり、また、『マトリックス』のようでもある。やはり、先駆的な作品である。
 人間対機械という文明批評的構図をもっているが、基本的には、少年の成長を描いたアニメ版青春ロードムービーと考えたほうがよいかもしれない。
 監修は市川崑。市川はアニメ監督から出発した人だから、これも納得。
 主題歌を歌うのがゴダイゴというのも、実に懐かしい。

8月19日

 アマゾンで購入したビデオで五所平之助監督『伊豆の踊り子』(松竹、1933年)を観る。結構高かったんですよ、このビデオ。
 お馴染み川端康成の小説の最初の映画化。サイレントだが、活弁士・松田翠翁の名調子が付されている。踊り子の薫は田中絹代、当時24歳。学生の水田は大日向傳。薫の兄に小林十九二。他に、飯田蝶子や坂本武の顔も見える。
 堅苦しい文芸映画と思われないよう、「恋の花咲く」という副題を添えた由。
 ストーリーは周知のとおりだが、これに鉱山開発をめぐるトラブルがからまる。トラブル・メーカーの鉱山師・久保田に河村惣吉。
 薫の兄が酔客(坂本)に迫られて、「澤正」こと澤村正二郎の近藤勇を演じるのは、時代を感じさせて、ちょっとした見もの。
 最後に、下田の港で踊り子と学生は、櫛とシャープペンシルを交換する(この時代にすでにシャーペンがあったのか!)。「波間にLOVEと書いては消える儚さよ」とは、松田の語りである。
 昨年は田中絹代没後30年でしたが、来年で生誕100年を迎えます。
 私はこれ以外に、美空ひばり、吉永小百合、山口百恵の『伊豆の踊り子』を観ていると思います。吉永版が一番好きです。
 清水宏監督作品や本作に触れて、伊豆を旅してみたい気になりました。
 一高生の角帽はカッコいいですね。

8月18日

 夜にもう一本DVDを観てしまいました。
 北野武監督・脚本『HANA=BI』(オフィス北野他、1998年)。
 刑事の西(ビートたけし)は、子供を早くに亡くし、妻(岸元加代子)も不治の病に。
 そんな彼が捜査のてちがいから同僚(大杉漣)を下半身不随にし、部下を死なせてしまう。刑事を辞めた西は、ヤクザに金を借りてまで妻や元同僚、部下の未亡人に誠意を尽くそうとする。やがて、西は銀行強盗を決行。
 ヤクザや昔の部下の刑事(寺島進)らが追ってくる中を、死期の迫った妻と静かな旅に出る。旅先では、花火も楽しむ。
 静謐の中に鮮やかな映像が続く。主人公は短い科白を数回話すだけ。
 ヤクザ相手の凄惨な暴力シーンと夫婦の静けさ、前半のスピード感と後半のスローテンポが、いずれも好対照。
 ところどころに、この人らしい乾いたギャグも散りばめられている。
 美しい挿入画も、たけしの手になるというから、たいへんな才人である。そう言えば、溝口も小津も黒澤も市川崑も、みな「日曜画家」だった。
 最後に、花火の爆音のような銃声が2発。
 ヴェネチア映画祭金獅子賞受賞作品。

8月17日

 京都に戻って(帰洛して)、いつもの京都文化博物館で稲垣浩監督『手をつなぐ子等』(大映、1948年)を観賞。脚色は伊丹万作、撮影は宮川一夫。
 昭和12年の京都という設定。
 中山寛太(初山たかし)は知的障害をもった小学生で、学校を転々としている。両親(香川良介と杉村春子)は寛太を案じて、新しい小学校を捜す。その頃、父には召集令状が。
 新しい学校では、校長(徳川夢声)も担任の松村先生(笠智衆)も寛太に理解がある。級友たちも何かと寛太の世話を見てくれる。
 そこに、もう一人の転校生・山田金三(宮田三郎)が現れる。「山金」は腕白坊主で皆の嫌われ者。寛太にもいじわるするが、無垢で善良な寛太にはいじわるが通じない。やがて、「山金」も寛太に心を開き、ともに手をつなぐことになる。
 最後に、相撲大会で寛太は才能を発揮して優勝、無事に小学校も卒業となる。
 太秦小学校など、京都市内の小学校が協力している。
 作中30万人いたとされる知的障害児童への教育のあり方を、決して説教くさくなく問いかけている。子供たちも、笠も徳川も好演である。
 「仰げば尊し」がこれほど感動的とは。この頃の小学校の先生は「訓導」といういいますね。
 伊丹の遺作となった脚本とか。
 巻頭に、体育教師役の伊達三郎がアップで登場して、少し驚き。

8月16日その2

 神戸の実家で母と、木下恵介監督『お嬢さん乾杯』(松竹、1949年を観る。脚本は新藤兼人、音楽は木下忠司。
 石津圭三(佐野周二)は、自動車修理会社を興して成功しているが、34歳で独身である。そこに、知人の斉藤専務(坂本武)が見合い話を持ち込む。相手は没落華族の令嬢で池田泰子(原節子)という美人である。石津は一目惚れするが、泰子は実家の借金を返済するために石津との結婚を決意している。泰子の祖父母(青山杉作と藤間房子)も身分ちがいの石津には冷淡だ。
 やがて、石津は反対していた弟分(佐田啓二)とダンサーとの結婚を認め、自分は泰子との結婚を諦める。だが、泰子も石津の人柄に惚れていることに気づき、石津のあとを追うのだった。
 他に、泰子の母親役で東山千栄子、バーのマダムに村瀬幸子など。
 泰子の音楽の趣味がショパンなら、高知出身の石津のそれはヨサコイ節である。
 泰子に以前別の婚約者がおり、帝大卒だが満州から引き上げてすぐ死んでしまった由。泰子はこの元婚約者と「口づけしたことさえある」と、恥ずかしそうに告白する。時代ですね。
 佐野が朗らかに喜劇を演じている。
 日本に身分というものが残っていた時代だから成り立つ喜劇である。

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