Koji Murataの映画メモ

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外国映画 2009年

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4月30日 邦画38

 自宅でDVD。森一生監督『風と雲と砦』(大映、1961年)。原作は井上靖、脚本は八住利雄。
 戦国の世。徳川の砦が武田勢に襲われ、陥落する。三人の雑兵がそれぞれの道に散っていく。まず、八郎(勝新太郎)はみゆき(近藤美恵子)という奥女中を捨てて、損得に生きる決心をする。そんな八郎の命を救ったのが、武田の客分・安良里姫(水谷良重)で、八郎は姫の手下になる。実は、姫は徳川の間者だった。やがて、二人は愛し合うようになる。
 石ころで占いをする鬼頭太(小林勝彦)は、八郎に愛するみゆきを奪われ、彼女のあとを追っている。槍の名人・三蔵(三田村元)は野盗の仲間入りをし、頭領になる。やがて、武田と徳川の命運をかけた長篠の合戦が迫ろうとしていた。八郎と姫は運命に弄ばれて落命し、鬼頭太はみゆきと再会して、彼女を守って生きて行く決心をする。三蔵も立身出世を諦め、野盗として生きて行くことになる。
 森監督で勝と水谷の共演ですから、面白いはずだと思ったのですが、ストーリーが込入っていて、すっきりしません。のちに監督も失敗作だったと認めています。
 ただ、八郎のキャラクターには、座頭市に通じるものがあります。

 その後、京都シネマへ。
 アリ・フォルマン監督・脚本『戦場でワルツを』(2008年、イスラエル他)。
 アカデミー外国作品賞で『おくりびと』の対抗馬だったアニメ作品です。
 イスラエルの映画監督アリは、旧友から悪夢の相談を受ける。どうやら、彼らが従軍した1982年のレバノン侵攻に関係がありそうだ。ところが、アリには当時の記憶が欠落している。友人の医師の助言を受けながら、アリは当時の戦友や関係者を訪問し、自分の記憶を回復しようとする。
 そこには、「サブラ・シャティーラ大虐殺」という悲劇が隠されていた。子供の頃にアウシュビッツを経験したアリは、この大虐殺の記憶を消し去ろうとしていたのだった。アリが記憶を取り戻した時、ラストの数分だけアニメから当時の記録映像に代わり、大虐殺後の凄惨なシーンが映し出される。
 かつてナチスの迫害を受けたユダヤ人たちが、パレスチナ人への迫害に加担するという皮肉を、真正面から、真摯に告発しています。
 アニメが醸し出す記憶の幻想的な雰囲気とリアリティが、奇妙に結合しています。
 意図的に「記憶喪失」のままでいる日本人にも、ぜひ観てもらいたいものです。
 今でも、中東でアフリカで、同じような惨劇が繰り返されているのかもしれません。

 今日は久々に京都みなみ会館に。
 パーシー・アドロン監督『バグダッド・カフェ』(1987年、西ドイツ)のニュー・ディレゥターズ・カットを鑑賞。製作と脚本はパーシー&エレオノーレ・アドロン夫妻。そう、西ドイツという国がまだあった頃の作品です。原題は"Out of Rosenheim"
 ラスベガスからディズニーランドへの途次、西ドイツのローゼンハイムからの観光客夫婦が喧嘩し、妻のジャスミン・ミュンヒゲシュテットナー(マリアンヌ・ゼーゲブレヒト)は砂漠の真ん中で車を降りてしまう。彼女はうらぶれたモーテル兼食堂兼ガソリンスタンドの「バグダッド・カフェ」にたどり着く。ここでも、勝気で口うるさい妻のブレンダ(CCH.パウンダー)が無能な夫と喧嘩して、夫を追い出してしまっていた。
 「バグダッド・カフェ」のサービスは最悪だが、ジャスミンは勝手に大掃除をはじめ、さらにはマジックを覚えて、ブレンダやその家族、さらに客たちを魅了していく。ハリウッドからの流れ者の画家コックス(ジャック・パランス)は、ジャスミンに恋するようになる。
 だが、ジャスミンの観光ビザは期限切れで、彼女はローゼンハイムに帰らなければならなくなった。灯りが消えたような「バグダッド・カフェ」。だが、しばらくしてジャスミンは再び戻ってきた。ブレンダの夫も戻ってくる。コックスがジャスミンに求婚すると、彼女は「ブレンダと相談する」と答えるのだった。
 決して美人とはいえない肥満のドイツ人女性と乱暴な黒人女性との不思議な友情の物語。
 1980年代が懐かしく思い出されます。
 作中のマジックの際、ジャスミンが客の持ち物を「日本製か?」とからかって尋ねると、その客は嫌な顔をします。日米経済摩擦のもっとも厳しかった頃です。
 その後、ドイツは統一されて西ドイツはなくなり、バグダッドには多くの米兵が駐留して苦労しています。
 『シェーン』の仇役で売り出したジャック・パランスが、優しく繊細な老人を演じています。

 

 京都から東京への新幹線車中でDVDを一本。
 ドン・シーゲル監督『殺人者たち』(1964年、アメリカ)。原作はヘミングウェーの短編です。
 二人の殺し屋(リー・マーヴィンとクルー・ギャラガー)は、盲学校の教師を殺害する。殺されたのは元レーサーのジョニー(ジョン・カサベテス)だった。ジョニーが逃げもせず無抵抗に殺されたのを不審に思った二人は、ジョニーの過去をさぐる。実は、ジョニーは100万ドルの強盗の一人で、事件の背景に、彼を誘惑した美女(アンジー・ディキンソン)とその情夫(ロナルド・レーガン!)の姿を浮かび上がってくる。ジョニー殺害を依頼したのも、この男女だったのだ。
 殺し屋たちは100万ドルを奪うべくこの男女を脅すが、銃撃戦の末みなが死亡してしまう。
 リー・マーヴィンの演技が迫真。なにしろ、のちの大統領を射殺してしまうのです。レーガンは本作が唯一つの悪役とか。しかし、なかなかの貫録でした。カサベテスは愛する女に裏切られて、すでに虚脱状態だったからこそ、逃げもせず殺されていく悲しい男を、巧みに演じています。
 シーゲル監督得意の暴力シーンのため、本来テレビ用に制作されたが劇場公開になった作品だとか。
 ケネディ暗殺の翌年ですから、世情も敏感だったのでしょう。

 今夜は自宅でビデオをもう一本。
 トニー・リチャードソン監督『長距離ランナーの孤独』(1962年、イギリス)。原作と脚本はアラン・シリトー。
 貧しい家庭に育った18歳のコリン・スミス(トム・コートネイ)は仲間と窃盗を働き、少年院に収容される。少年院では権威主義的な院長(マイケル・レッドグレーブ)がコリンの脚力に着目して、特別扱いしながら厳しい訓練をさせる。名門パブリック・スクールとの対抗試合に勝って、少年院の名誉を高めるためである。厳然とした階級(クラス)の差がそこにはある。
 労働者だった父の病死、母(アヴィス・バンネージ)との不和、仲間や恋人など、過去の出来事が回想される。いよいよ試合の当日、コリンは独走態勢になるが、ゴール直前で立ち止まり優勝を逃す。これが彼なりの院長(権威)への反抗であった。
 主役のコートネイは新人だったそうですが、屈折した青年の心理を巧みに表現していました。
 確かに、走っている時は孤独なものですね。人生そのものが長距離走でもあります。
 白黒の映像が効果的でした。

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