Koji Murataの映画メモ

映画に関するコメントのみお受けします。

外国映画 2009年

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 今日も自宅でビデオ。
 フェデリコ・フェリーニ監督『フェリーニのアマルコルド』(1974年、イタリア、フランス)。音楽はニーナ・ロータ。
 1930年代の北イタリアの地方都市が舞台で、監督の少年時代と目される15歳の少年ティタ(ブルーノ・ザニン)が主人公。春一番が吹いて春がやって来てから、再び冬になるまで1年間が扱われている。
 思春期の明るい青春物語に、ファシズムという暗い時代背景が重なり、現実と幻想が交差する。父(アルマンド・ブランチャ)はファシストに痛めつけられるし、母(ブベラ・マッジョ)は冬に病気で死んでしまう。再び春が来る頃には、町中の憧れだった美女グラデスカ(マガリ・ノエル)も結婚してしまう。この間、ティタは巨乳女性に弄ばれる体験もする。
 巨乳・排尿・懺悔など、フェリーニ好みのシーンがふんだんに盛り込まれている。
 また、作中、アマチュアの歴史家がたびたび登場して、歴史解説をしては消えていく。
 「アマルコルド」とはイタリアの方言で「私は思い出す」の意とか。
 

 今夜も自宅でビデオ。映画館に足を運びたいのですが、なかなか時間がとれません。
 ジョン・フォード監督『若き日のリンカーン』(アメリカ、1939年)。
 恋人に先立たれたエイブラハム・リンカーン(ヘンリー・フォンダ)は、法律家になる決意を固めた。
 7月4日の独立記念日のお祭りで、殺人事件が起こる。犯人とされた二人の兄弟はリンチにあいそうになるが、リンカーンがこれを押しとどめる。この二人の弁護が新米弁護士の初仕事となる。
 陰険な検事(ドナルド・ミーク)相手に、リンカーンは正義感とユーモアを武器に法廷で戦うが、被害者の友人が目撃者として証言に立ったことから、被告二人には不利になる。しかし、リンカーンは事件当夜は月明かりがなかったことを示し、目撃者の偽証を暴く。この目撃者こそ真犯人だったのだ。
 法廷闘争の背後には、リンカーンの政敵スティーブン・ダグラスの影がちらつく。
 前半は冗長だったが、リンチ騒ぎで盛り上がり、後半の法廷劇はぐいぐいと惹きつける。さすがはジョン・フォード。ヘンリー・フォンダもリンカーンに似ていて、力演です。
 市川雷蔵主演で『若き日の信長』という映画がありますが、アメリカ人にとってのリンカーンも、日本人にとっての信長や秀吉、家康のような存在なのでしょう。

 徳島から神戸に向かう高速バスの中でDVDを一本。
 『父の祈りを』のテリー・ジョージ監督・脚本・製作『ホテル・ルワンダ』(南アフリカ、イギリス、イタリア、2004年)。アカデミー外国映画賞などを受賞した作品です。
 1994年のルワンダ内戦がテーマ。
 主人公のポール・ルセサバキナ(ドン・チードル)は四つ星のホテル・ミル・コリンの支配人で、白人客やエリート層にも受けがいい。ホテルの「品格」を守ることが、彼の使命だ。家庭では、美しい妻のタチアナ(ソフィー・オコネドー)と子供たちが待っている。
 だが、ルワンダではフツ族とツチ族の内戦が勃発、大統領暗殺を契機に、フツ族の民兵がツチ族の虐殺を始める。頼りの国連軍は外国人だけを保護して撤収していく。多くのつち族難民がホテルに避難し、ポールは彼らを受け入れることに。ベルギー本社の社長(ジャン・レノ)の影響力で、一度は危難を回避できたが、ホテルはフツ族民兵に包囲されており、ルワンダ政府軍の将軍はリベートがなければ、ホテルを守らないと脅す。
 何度か脱出を試みた末、国連軍のオリバー大佐(ニック・ノルティ)の助けで、ようやくホテルの避難民たちは難民キャンプに脱出できた。ポールが救った人命は1200人に及ぶという。過激なフツ族民兵たちは、ツチ族を「ゴキブリ」と呼ぶ。
 これは実話である。この内戦で120万人が殺された。中国製の安価なナタが用いられている。これは今のスーダンでもそうだ。
 カナダ人のオリバー大佐がポールに言う。「君はニガーですらない。アフリカ人だ」。
 国際社会の無関心が痛烈に批判されている。アメリカは介入してもしなくても批判されます。
 アフリカは「アフリカ合衆国」や「アフリカ連合王国」にはなれないのか、とラスト・ソングは問うています。
 
 

 その後自宅でもう一本。
 ベルナルド・ベルトルッチ監督『暗殺の森』(イタリア、1969年)。原題は「体制順応者」とか。
 ムッソリーニ時代のイタリア。マルチェロ(ジャン・ルイ・トランティニアン)は秘密警察に所属している。無邪気な妻(ステファニア・サンドレッリ)との新婚旅行を隠れ蓑に、昔の恩師で反ファシスト運動の指導者である元大学教授(エンツォ・タラシオ)をパリで暗殺する使命を帯びている。マルチェロにはボディーガードと称する監視役が、影のように付き従っている。
 恩師に再会してみると、その妻はマルチェロの昔の恋人だった。マルチェロは恩師との対話でファシズムへの疑問を抱き(二人はプラトンの「洞窟の囚人」の話もしている)、他方で教授夫人と再び激しい恋に陥る。だが、使命は果たさねばならない。教授を殺害し、それを目撃した夫人を仲間が手にかけるのを見殺しにしなければならなかった。その現場がパリ郊外の森で、邦題の「暗殺の森」となる。
 数年後、ムッソリーニが失脚する。「体制順応者」らしく、マルチェロは「大勢に順じていれば大丈夫だ」と妻に語りながらも、不安とともに街を彷徨するのだった。
 退廃的なムードで、とりわけ映像が美しい。
 主人公は幼少期に同性愛を強いられた経験があり、それがトラウマとなってファシズムの権威主義に走ったと推察される。フラッシュバックを多用して、時間も過去と現在を彷徨する。
 助けを求める元恋人の教授夫人を、「暗殺の森」の車窓から冷たく見殺しにするシーンは、実に印象的です。
 

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 例によって東京に向かう新幹線の中でDVDを一本。
 デルバート・マン監督『マーティ』(アメリカ、1955年)。アカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞、カンヌ映画祭グランプリを受賞した作品。
 ニューヨークのブロンクス。34歳になるイタリア系の精肉店員マーティ(アーネスト・ボーグナイン)は、優しく善良だが容姿に恵まれず、結婚できない。週末に親友のアンジー(ジョー・マンテル)とクラブに出かけても空振りばかりだ。
 そんな彼がクラブで、男にふられた高校教師のクララ(ベッツィ・ブレア)と出会う。二人は意気投合する。日頃はマーティに結婚を勧めてばかりいる母親も、いざ息子に恋人ができると、自分が見捨てられることを恐れて反対し、アンジーもクララを嫌う。だが、マーティは躊躇をふり捨てて、クララとの交際を決意するのだった。
 テレビ・ドラマの映画化だそうですが、舞台劇の趣きもあります。等身大の男女の恋愛を描いて話題になった作品です。まだ、ニューヨーカーが母親と同居していた時代の話です(イタリア系ということも重要でしょう)。
 マーティの叔母が母に言う台詞。「大学出(の女)は商売女と紙一重」。
 それほどの傑作とは思わないが、悪役の多かったボーグナインが善良な男を好演しています。心温まる佳作ではあります。


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