Koji Murataの映画メモ

映画に関するコメントのみお受けします。

外国映画 2010年

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

 飛騨高山へ向かう者中でDVD(仕事です、念のため)。
 ベルナルド・ベルトリッチ監督『シェルタリング・スカイ』(1990年、アメリカ)。
 1947年の北アフリカ、タンジール。
 作曲家のボート(ジョン・マルコヴィッチ)と作家のキット(デブラ・ウィンガー)は、活力を失った夫婦だ。旅先で知り合った若いタナーが同行しており、彼はキットに関心を抱いている。
 彼らはアフリカ各地を転々とするが、やがてキットとタナーは一夜限りの関係をもつ。タナーと別れて、夫婦は旅を続けるが、ボートが伝染病に感染して亡くなる。キットは茫然自失のままアラブの商隊に加わり、アラブ人男性とも関係をもつ。
 キットはようやくタンジールに戻るが、もはや現実社会への関心を喪失しているのだった。
 冒頭でtourとtravelはちがうと、キットが言う。前者は帰ることが前提になっており、後者はそうではない。タナーはtour,夫婦はtravelというわけだ。
 最後のナレーション。「人は自分の死を予測できない。満月を見る機会はあと20回しかないかもしれない」。
 やはり、人生は旅だと感じさせる作品でした。
 砂漠の映像が美しい。アカデミー撮影賞受賞だけのことはあります。
 音楽は坂本龍一。

 KIYOさん、よくなられたようで、よかったですね。
 広島から戻る新幹線でDVD。
 チャールズ・ウォルターズ監督『上流社会』(1956年、アメリカ)。『フィラデルフィア物語』(1940年)のミュージカル版。
 北東部の上流社会が舞台。
 トレイシー(グレース・ケリー)は近くジョージと再婚の予定だ。元夫のデクスター(ビング・クロスビー)は、今では隣人である。そこに、三流雑誌の記者マイク(フランク・シナトラ)らが上流社会の取材にやって来る。
 結婚式前夜のパーティーでトレイシーは泥酔し、マイクに介抱される。婚約者のジョージはそれに嫉妬して、婚約を解消してしまう。結局、トレイシーに未練のあるデクスターが、結婚式で彼女と結ばれることに。
 クロスビーとシナトラ、それにルイ・アームストロングが歌い踊る。これだけでも一見の価値あり。
 ケリーは本当に魅力的です。のちのモナコ大公妃の風格が感じられます。
 酔ったトレイシーの科白を一つ。「私、なんだか小さくなっちゃったみたい。あなたのポケットに入っていい?」

 自宅で学生諸君とDVD。
 ロバート・ロッセン監督『ハスラー』(1961年、アメリカ)。
 エディ(ポール・ニューマン)は腕のいい自惚れ屋のハスラー(金目当ての勝負師)で、ビリヤードで儲けている。エディは有名なミネソタ・ファッツ(ジャッキー・グリーソン)に勝負を挑み追い詰めるが、長丁場で敗れてしまう。冷酷な仲介屋のバート(ジョージ・C・スコット)は、エディを「負け犬」と呼ぶ。
 落ちぶれたエディは、アルコール依存症のサラ(パーパー・ローリー)と出会い、同棲する。エディはバートと再会する。バートはエディに資金を提供しようという。一旦はこの申し出を断ったエディだが、結局バートと組んで勝負の旅に出る。そこで、エディは辛勝するのだが、バートがサラを冷遇したため、彼女は自殺してしまう。エディは初めて自分がサラを愛していたことに気づく。
 半年後、エディはファッツと再戦して破るが、分け前を求めるバートに「お前こそ負け犬だ」と告げるのだった。
 バートが言う。「才能は誰にでもある。勝利は重荷だ。だから、人は負ける口実を探すのだ」。
 紫煙のこもるプール・バーの様子が、白黒の画面に映し出される。
 グリーソンが実に渋いが、ビリヤードの腕前は本当にプロ級だったとか。
 のちにニューマンとトム・クルーズで続編が作られていますね。
 

 今日も京都みなみ会館。
 ヴィスコンティの『ルードヴィヒ』(1972年、イタリア、フランス、西ドイツ)。
 1980年、私の高校1年生の時に日本で公開され(3時間)、衝撃を受けた作品です。あれから30年経って、今回は4時間版で観ることができました。
 19世紀後半のバイエルン。若いルートヴィヒ(ヘルムート・バーガー)が王位を戴冠する。ルートヴィヒは従姉にあたるオーストリア皇后エリザベート(ロミー・シュナイダー)を愛しているが、所詮は叶わぬ恋である。若い王は芸術に関心が深く、作曲家のワーグナー(トレヴァー・ハワード)を招いて厚遇するが、そのため莫大な国費を投入し内閣と世論の反発を招いた。
 さらに、普墺戦争、普仏戦争と国難が続く中、ルートヴィヒは政治と現実から逃避して暮らす。弟のオットー王子(ジョン・モルダー・ブラウン)は発狂してしまう。この頃から、王は同性愛に目覚め、豪華な城を建設し、ますます退廃的な生活を送るようになる。
 ついに、内閣は王の廃位を決定し、ルートヴィヒを幽閉するが、雨の夜に王は湖に投身自殺するのだった。「私は謎でありたい。私自身にとっても」と言い残して。
 絢爛豪華なヴィスコンティの後期作品の特徴を、余すところなく示しています。ややネオ・リアリズム調の「若者のすべて」とは随分異なります。「赤い貴族」だからこそ、描くことのできた作品でしょう。
 また、ヴィスコンティのバーガーへの寵愛が如実に示されています。作中で、美貌のバーガーが見事に老醜をさらしていきます。
 ルートヴィヒの弱さとコンプレックスは、当時のバイエルンの置かれていた立場の反映でもあるでしょう。
 因みに、この映画の色彩には、武智鉄二のそれに似たものを感じました。
 

 京都みなみ会館でヴィスコンティ特集です。
 ルキノ・ヴィスコンティ監督『若者のすべて』(1960年、フランス、イタリア)。
 若いロッコ(アラン・ドロン)らバロンディ兄弟は母に連れられて、イタリア南部の田舎からミラノに出てきた。長男がいるからだ。ところが、母が長男の婚約相手の一家と大喧嘩してしまう。
 バロンディ一家は、ミラノでなかなか仕事をみつかれれない。次兄のシモーネ(レナーと・サルヴァトーリ)はボクシングに才能を発揮するが、売春婦ナディア(アニー・ジラルド)に溺れて身を持ち崩し、試合にも負けてしまう。
 優しいロッコは真面目に働くが、兵役となり、そこでナディアと出会う。二人は真剣な恋に落ちるが、兄シモーネはそれを許さない。ロッコがボクシングで成功したことに反発し、シモーネはますます自堕落になり、ついにはナディアを殺してしまう。
 こうしてバロンディ一家は望郷の念にかられながら、ばらばらになってしまうのだった。
 ニーノ・ロータの音楽が切ない。
 優しすぎる弟が次兄をますますダメにしていく。
 白黒映像が、一家の貧しさを見事に描き出しています。
 この頃のアラン・ドロンは本当に美形です。


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事