Koji Murataの映画メモ

映画に関するコメントのみお受けします。

邦画 2010年

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 今日は銀座マリオンの東宝シネマズで中村義洋監督・脚本『ゴールデンスランバー』(2010年)を。原作は伊坂幸太郎。
 仙台出身の金田首相が郷里に戻り、凱旋パレード中に暗殺される。旧友(吉岡俊隆)と釣に行く約束だった宅配ドライバーの青柳(堺雅人)が、犯人に仕立てられてしまう。彼は数年前にアイドルを助けたことで、世間に知られていた。背後には大掛かりな権力の罠が。
 警視庁の佐々木警視(香川照之)らは、青柳を犯人として殺害しようとする。逃げる青柳を元恋人(竹内結子)や大学時代の後輩(劇団ひとり)、職場の先輩(渋川清彦)、挙句の果てには連続通り魔キルオ(濱田岳)や裏街道に通じた初老の入院患者(柄本明)らが助ける。
 追い詰められた青柳は、テレビを利用して無実を訴えようとするのだが。
 他に、青柳の両親に伊東四朗と木内みどり、佐々木警視の部下の刑事に永島敏行ら。
 冒頭シーンとラストがうまくつながっています。
 とにかく、キルオが最も印象的。「びっくりした?」が彼の口癖。
 暗殺される首相もその役者も、まったくの脇役。永島演じる刑事の名前が小鳩沢。今の政治を揶揄しています。
 それにしても、仙台の人たちがまったく東北弁を話さないのは、いくらなんでもリアリティーを欠く。
 全体としては、よくまとまった娯楽作品に仕上がっています。
 「人間の武器は習慣と信頼だ」とは、主人公の旧友の科白です。なるほど。
 因みに、タイトルの「ゴールデン・スランバー」はビートルズの歌で、「黄金のまどろみ」という意味。
 

 今夜は久しぶりに神保町の岩波ホール。
 ジャン=ピエール・メルヴィル監督『海の沈黙』(フランス、1947年)。原作はジャン・ヴェルコール。陰影に富む白黒の撮影はアンリ・ドカ。
 1940年冬から春にかけて、ドイツ占領下のフランスの片田舎。
 私(ジャン=マリー・ロバン)は初老の男性で、若い姪(ニコル・ステファーヌ)と静かに暮らしている。そこに、ドイツ軍将校(ハワード・ヴェルノン)が、二階の空き部屋に住むことになる。彼は繊細な独身の芸術家で、フランス文化を愛し、フランス語を流暢に話す。しかし、私と姪は彼を沈黙で無視する。それでも、将校は毎晩、自分の過去やフランスとドイツの連帯を語り、「おやすみなさい」と去っていく。
 ある時、将校は休暇をえて、はじめて憧れのパリに出かけた。しかし、パリから戻ると、彼は私たちのいる居間に来て話しかけなくなった。パリで同僚の将校たちから、フランス文化根絶の話を聞いてきたからだった。彼はショックを受けて、戦地への転勤を願い出た。
 最後の夜、将校が今のドアをノックすると、私ははじめて返事をした。将校の「おやすみなさい。さようなら(アデュー)」の挨拶に、姪もはじめて「さようなら」と答える。この姪との会話こそ、将校が夢見てきたものだった。
 翌朝、将校が旅立つ時、私は「罪深き命令に従わぬ兵士は素晴らしい」とのメモを、アナトール・フランスの本に挿んでおいた。将校はそれを一読して、立ち去るのだった。
 ほとんどが、この三人だけの物語。しかも、将校の独り言と私のナレーションだけである。だが、手は口ほどにモノを言う。編み物をする姪の手が時に乱れ、将校も最後に手を拱く。
 将校は「祖国を愛する人を私は尊敬します」と言うが、彼が引用したマクベスは「部下ですら愛情よりも恐怖に従う」だった。
因みに、原作は1941年10月に執筆された由。

2月21日 邦画18

 今夜は自宅でゼミ生諸君とDVD。
 鈴木清順監督『殺しの烙印』(日活、1967年)。
 花田(宍戸錠)は腕のいいプロの殺し屋だ。ある時、組織の要人・大類(南原宏治)の護送を依頼された。そこに別の殺し屋たちが襲いかかるが、花田は彼らを返り討ちにする。
 やがて、組織から花田に、さらなる殺しの依頼がやって来る。何人かの目標はみごと暗殺したものの、花田は外人の暗殺に失敗する。そこで、組織は女の殺し屋・美紗子(真理アンヌ)を差し向ける。花田の妻も殺し屋で、夫の命を狙う。花田は美紗子と愛し合うように。
 美紗子が花田をしとめないため、彼女は組織に誘拐され、今度は伝説の殺し屋が花田のもとに差し向けられる。それは大類だった。死闘の末、花田は大類を倒すが、自らも深手を負い、そこに現れた美紗子まで殺してしまう。「俺がナンバー・ワンだ!」と連呼しながら、花田も息絶える。
 日本版フィルム・ノワールですが、鈴木らしく怪しい映像で、ストーリーを追うのは困難。
 主人公の花田は女たちと獣のように性交し、米の炊ける匂いに興奮する。「飯を炊け!」と、花田は喚き散らすのだ。その炊飯器が電気ではなくガスなのに、時代を感じさせる。
 ガスライターの広告から目標を射殺するシーンは、007の『ロシアより愛を込めて』のイミテーションでしょう。

2月16日 外国映画20

 前後してしまいましたが、16日に東京に向かう新幹線でDVD。
 クリント・イーストウッド監督『硫黄島からの手紙』(2006年、アメリカ)。
 1944年6月に、栗林中将(渡辺謙)が硫黄島に赴任する。栗林はアメリカ生活も経験した開明派だ。絶望的な戦局の中で、彼は部下たちの精神主義を乗り越えて、合理的な防衛戦術を立てようと腐心する。
 多くの将兵が必死に塹壕を掘っていた。パン屋だった西郷(二宮和也)も妻子のことが気がかりで、いつも届かない手紙を書いている。栗林もである。騎兵の西中佐(伊原剛志)はロサンジェルス・オリンピックに出場したことのある馬術の名人で、栗林を尊敬している。
 やがて、米軍の攻撃が始まった。無謀な突撃や自刃を強要する上官もあった。西は捕虜の米兵を手厚く看護するが、彼自身が失明して自刃する。元憲兵の若者(加瀬亮)は米軍に投降するが、殺されてしまう。突撃を命じるばかりの精神主義者の将校(中村獅童)は、皮肉にも米軍の捕虜として生きながらえる。36日の激戦の果てに、ついに栗林も自害した。西郷はこれまでも何度か栗林に救われてきたが、将軍の遺体を埋葬したところで、米軍の捕虜となり生きのびることに。
 それから長い歳月が流れ、彼らの書いた届かぬ手紙が発掘されるのだった。
 『父親たちの星条旗』と併せて観ると、イーストウッドができるだけフェアに戦争を捉えようとしていることが、よくわかります。
 アメリカ映画なのに、邦画を観ているような錯覚に陥る。というか、映画という文化やエンターティメントに国籍を問うことには、さほど意味はなくなっているのでしょう。
 渡辺演じる栗林将軍や伊原の西中佐がかっこよすぎるのが、やや気がかり。
 知米派が精神論者に「親米」というレッテルを貼られるのは、今も昔も同じようです。
 

 その後、新宿の角川シネマに。
 森一生監督『江戸へ百七十里』(大映、1962年)。
 まだ大雷蔵祭をやっています。
 岡山の津山の城下町で町道場を営む長谷部兵馬(市川雷蔵)は、実は藩主の長男・小森亀之助と双子の弟だ。この兄に将軍の娘・福姫(嵯峨美智子)との見合い話が持ち上がった。しかし、津山藩では、江戸家老(香川良介)がお家の実権を握るため、亀之助の毒殺を図った。亀之助は一命をとりとめたが、兵馬が代役としてお見合いに。姫は兵馬を本物と信じ、すっかり気に入ってしまう。
 兵馬と福姫は婚約発表のため、江戸に向かう。だが、そこに江戸家老一派の刺客が次々に襲う。無事に箱根まで着いたところで、兵馬が偽者と発覚し、二人の仲は裂かれてしまう。しかし、老中(柳永二郎)と姫の側用人(中村鴈治郎)の計らいで、江戸家老の陰謀は砕かれ、二人は見事結ばれる。
 他に、五月みどりや島田竜三、荒木忍ら。
 特に、五月は美声を披露している。
 鴈治郎は余裕の芝居。
 例によって、他愛のない明朗時代劇です。同じく雷蔵映画『陽気な殿様』と似たような話の展開です。

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