Koji Murataの映画メモ

映画に関するコメントのみお受けします。

外国映画 2012年

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9月4日 外国映画89

 広島に向かう車中でDVDを一本。
 アンリ・ジョルジュ・クルーソー監督・脚本『情婦マノン』(フランス、1948年)。『マノン・レスコー』を現代に翻案した作品。
 貨物船に密航した男女が発見された。ロベール(ミシェル・オークレール)とマノン(セシル・オーブリ―)だ。
 男はレジスタンスの活動家で、ドイツ軍相手に娼婦をしていた女を救う。二人は愛し合い、パリに向かう。だが、マノンは華美な生活を好み、金持ちの愛人になったり、売春宿で働いたりする。マノンの兄も金儲けのために、二人を引き離そうとする。ロベールはマノンの兄を殺してしまう。そこで、二人は密出国するはめに。
 船長のはからいで、二人は多くのユダヤ人たちとパレスチナで降ろされる。だが、マノンは砂漠でアラブ人部隊に殺され、茫然自失のロベールは愛人の遺体を背負って砂漠を進むのだった。
 オーブリ―がいかにも小悪魔的。
 男が女の遺体を砂に埋めて抱擁するラストは、印象的。ようやく愛する人を独占できたのです。

9月1日 外国映画88

 東京から仙台に向かう車中でDVDを一本。
 フランク・ポーセイジ監督『戦場よさらば』(1932年、アメリカ)。原作はヘミングウェイの『武器よさらば』。
 第一次世界大戦中のヨーロッパ。イタリア軍に志願したアメリカ人のヘンリー中尉(ゲーリー・クーパー)は、医務隊で働いている。ある日、彼はイギリス人の従軍看護婦キャサリン(ヘレン・ヘイズ)と出会い、恋に落ちる。ヘンリーが戦場でけがをし、キャサリンの野戦病院に入院し、二人は結ばれる。
 だが、ヘンリーは飲酒が発覚して、再び戦場に送られる。キャサリンは単身スイスに向かう。二人は文通しようとするが、イタリア軍医(アドルフ・マンジュー)に阻まれる。
 ついに、ヘンリーは脱走して、キャサリンを捜そうとする。ようやく彼が彼女を見つけた時、彼女は彼の子を流産して、自身も死の淵にあった。オーストリア降伏の報が届き、終戦が迫る頃、キャサリンはヘンリーの腕の中で息絶えた。
 反戦色もあるものの、何よりも美しく切ないロマンスです。
 「武器よさらば」はよくないと、軍部の反対でこの邦題になった由。
 のちにロック・ハドソンとジェニファー・ジョーンズでリメイクされており、子供の頃テレビをそちらを観た記憶があります。

8月29日 外国映画87

 大分に向かう車中でDVDを一本。
 フランク・キャプラ監督『一日だけの淑女』(1933年、アメリカ)。
 アニー(メイ・ロブソン)という老女は、ニューヨークの路上でリンゴを売って生計を立てている。ギャングのボス、デーブ(ウォーレン・ウィリアムズ)は、彼女のリンゴを買うとツキが巡ってくる。
 アニーは高級ホテルの便せんを使って、ヨーロッパに暮らす娘がスペイン貴族の子息と恋愛し、その父カルロス伯爵とともにニューヨークに訪ねてくるという。娘は自分のことを貴婦人だと思っている。動揺するアニーにデーブが救いの手を差し出し、彼女を淑女に仕立て上げる。
 だが、デーブが伯爵の訪問を取材しようとする新聞記者たちを監禁したため、警察、さらには市長や知事までが動き出す。このままでは、カルロス伯爵のためのパーティーが開けなくなる。デーブは自分が逮捕されることを覚悟で、事情を打ち明けた。その夜のパーティーには何と、本物の知事や市長まで出席してくれたのだった。
 こうして、娘と伯爵の子息は結ばれ、一行は無事にスペインに戻っていった。
 世界大恐慌のさ中に作られた、明るい明るいドラマです。
 アメリカのようなオープンな社会でも、社交界や紳士録が大きな意味を持っています。
 キャプラはこの作品を『ポケット一杯の幸福』で自らリメイクしています。

8月27日 外国映画86

 イングマール・ベルイマン監督『不良少女モニカ』(1953年、スウェーデン)。
 ストックホルムの陶器屋で丁稚をする少年ハリイ(ラルス・エクボルイ)は、喫茶店でモニカ(ハリエット・アンデルソン)と出会い、親密になる。だが、ハリイは職場で、モニカは家庭で不遇だった。少女は家出し、少年は職を捨てて、二人で少年の父が保有するボートで一夏をすごす。
 しかし、モニカは妊娠し、その上、二人の所持金はなくなり、モニカは別荘地に盗みに入るまでに。やがて、二人は町に戻り、モニカは女の子を出産する。まじめに働いて幸せな家庭を築こうとするハリイだが、モニカは夫の出張中に浮気をし、ついには、夫と娘を捨てて家出してしまうのだった。
 ベルイマン監督作品としては、わかりやすい仕上がり。
 はち切れるばかりの10代の肉体と未熟な精神の不均衡。
 福祉先進国で60年も前に描かれた、未熟な少年少女の家庭的崩壊は、今の日本社会にも当てはまるところが多いようです。
 京都シネマへ。
 フィリップ・ファラルドー監督・脚本『ぼくたちのムッシュ・ラザール』(2011年、カナダ、フランス)。
 ケベックの小学校の教室で、女性の教師が首つり自殺をとげた。子供たちの動揺する中で、ラザール(フェラグ)という中年のアルジェリア男性が新しく担任になる。女性校長は事件を忘れさせようとするが、ラザールはむしろ事件の意味を子供たちに問いかけようとする。
 実は、ラザールはアルジェリアで家族をテロで失い、カナダで難民認定を受けようとしていた。彼が前任者の死を蒸し返すため、父兄からもクレームが出て、彼が永住者の身分をもっていないことが発覚し、ついに教室を去ることになるのだった。
 ある親がラザールに言う。「しつけではんく勉強を教えてください」。
 同僚の体育教師が言う。「今の子供は放射能廃棄物だ。扱いきれない」。
 リベラルな多文化社会カナダの教育現場の魅力と困難が、ともにうまく描かれています。
 主人公の飄々とした演技も魅力です。

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