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可能性を信じようよ!

 4年の男の子を半年ほど預かっていた。そんなに成績のよい子ではなかったが、性格は真面目で教室では楽しく学習していた。逆に家では気に入らないことがあると、トイレに閉じこもったりするらしい話は聞いていた。だが、母親は何を勘違いしたのか、その子を「そのような子を預かるところ」に入れるらしいとの情報が入ってきた。
 すぐ母親に面談に来てもらい事情を聞くと「母親だけではもう手に負えない」と言うのが本音のようだった。その気持ちを理解しつつも「とんでもないことだ!」と即座に母親の考えを否定して、「このまましばらく預けて欲しい」とお願いしたところ、不本意そうだったが母親が了承してくれた。
 早速その子と二人だけで今後どうするか相談した。絶対にしてはならないルールを二人で決めた。それでも二人に自信はなかった。だが、1週間・2週間・1ヶ月・2ヶ月と経過する中で、それまで家で少し荒れていた子は、落ち着き始め学習に専念するようになった。3ヶ月も経つと何か「つきもの」でも落ちたように、自宅での学習が増えていった。
 1週間に10時間の自宅学習もできなかった子が、いつの間にか学習時間を自分で増やして、週に15時間・20時間・30時間と多くなり、5年の後半からは40時間を切ることがなくなったのである。学校行事などがある時は予定を考え、何とか40時間に近づこうとする。
 いつの間にか「その子を預ける」話は消えた。
 ある時、授業が終わってからその子に聞いてみた。その答えが考えられない答えだったのである。「どうして、そんなに頑張るんだ」不用意な質問だったかもしれない。
「僕の趣味は学習になりました」「ええっ!」びっくり仰天!!特に心当たりもないし記憶にもない。二人でいろいろな話はしたが、「勉強しろ」などと一度も言っていない。強制しているようで大嫌いな言葉だからだ。
 思うに、こんなことを話した事があった。「知らないことを知れば、もっと色々なことが知りたくなる」偉人の言葉を引用したのだが、それを理解してやっていくうちに、その子は自分のやっていることが面白くなったのではないだろうか?
 ときには、母親に敬語を使ったりもする。何がどうなったのか理解できない母親は、不思議やら嬉しいやらで「ありがとどざいます。おかげさまで」と泪ながらに言うのだが、こちらも何がどうなったのか皆目見当がつかないまま、とりあえず「いいえ、別に何もしていません」と答えるしかなかった。
「妹まで頑張っているんです」と母親は100%こちらを信頼している。嬉しいやら困るやら。考えるにその子は、少しづつやっていく中で、ふと自分の可能性に気がついたのではないだろうか「やればできるんだ?」その切っ掛けや喜びが何だったかはわからないが、その子は「俺には無限の可能性があるんぞ!」と大人たちに教えいるのかもしれない。
「恐るべし小学生!」大人が常識と思い込んでいることが、もしかしたら、子どもたちの可能性の芽を知らず知らずのうちに、摘んでしまっているのではないかと、恐ろしくさえなってくる。
 そう言えばこんなことを聞いたことがある。子どもの可能性の芽を摘むのは、「学校の先生・親・塾の先生のいずれかだ」と言われているらしい、聞き流していたが、確かにそんな気がしてくる。by塾長

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